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恋愛小説 ジンクス“7年目” 4

第四話     セクハラ上司   

 その週は大事なプレゼンが有った。でもなんとか乗り切り、金曜日は早帰り。
「やった〜!」
ですとも。



いそいそとみんなが帰るのを見送りながら私もデスク周りを片付けてると、
「あれ、もう帰るの?」
って別所が声をかけてきた。それから顔をしかめ、
「この間の件だけど、忘れているのかなぁ?」
ですと。焦ったさ。何か依頼されてて仕上げていない案件有ったっけ?
 引きつる私に彼はため息をついた。
「ふうっ。」
って、これ見よがしに。それから時計を確認し、
「6時かぁ。まぁ、間に合うか。」
何だっけ、何だっけ???困ったちゃんの私を尻目に、
「場所変えようか。」
彼は私のバッグに視線を落とした。

 騙されたと気がついたのはタクシーに乗ってから。
「なんとか楼にお願いね。」
どこかで聞いた様なその名前。
「接待ですか?」
そんな予定は無いはずなのに?
「まぁまぁ。」
彼はにこって歯を見せて笑った。その胡散臭さには馴染みが有った。
「まさかこれから二人でご飯、とか言わないでくださいね。」
「そのまさかじゃないか。だって君から言い出したんだよ。もっと高いの奢ってくださいって。せっかく高いとこ予約したんだし。キャンセルはちょっとね。」
って、結局こいつのペースに巻き込まれた。
 育ちのいい別所は料亭でのエスコートもスマートで。
「私、基本、食い逃げですから。」
開き直る私に酒を注ぐ。
「好きなだけ、逃げてください。追っかけるのって、これで楽しいんです。」
ねぇ、別所、恵があなたの事好きだって知ってる?そう言いかけて口をつぐむ。だって彼、本当にスマートだから。結構飲んでて、くだけてるのに、二人の距離が男と女の近さになる事は一言も振ってや来やしない。これに下手に反応していたら
「自意識過剰じゃないですか。」
って曖昧に笑って返されるのがオチだし。
 あ〜あ。別所といて楽しいよ。話し上手だよ、この男。でさ、あいつは何やってんだろ。どうせ博多の屋台に繰り出して旨いものでも食ってんだろう。
 そういえば佐々木君は昔から食いものに五月蝿かった。しかもB級。まぁ、おでん基本でもつ鍋?鉄板で焼く餃子でしょう?じゅうじゅうってヤツ。この前彼のとこ遊びに行った時、馴染みだっておっさんがおまけしてくれたっけ。で、さんざん飲んで〆は豚骨ラーメンで。かなり匂いがキツいけど
『それが良いんだよ。』
なんて、笑ってて。キスしても臭かった。
『臭〜〜いっ!』
って、帰りのタクシーの中で足蹴ってやったっけ。
「小田切さん。」
別所の厳しい声で慌てて我に返った。でも、彼の顔はいつも見たいににこやかで。今の声が本当にこいつかよって、一瞬焦ったさ。
「あっ、スミイマセン。この前のプレゼン、どうだったかなぁって。返事、まだですよね。」
とりあえず、当たり障りの無い言葉で誤摩化した。
「馬鹿ですねぇ。」
彼はもう一度私のグラスに酒を注いだ。
「駄目な時は返事が早いものです。」
「つまり?」
「来週の金曜日も空けておいてくださいね。」
って、彼は体を乗り出した。
「お祝い、しましょう。」
 ジェントリー別所は当然の様に酔った私を家まで送る、タクシーで。
「大丈夫ですか?」
足下のおぼつかない私を支え、車を降りて。
「部屋まで送ります。」
そう言いながら、当然って顔で肩を抱きかかえる。オーデコロン。多分フランス製?
「もう、大丈夫ですから。」
覗き込まれ、眼鏡が彼の鼻梁に当たった。
「あっ、ゴメンナサイっ。」
何となく、彼がキスをしようとしてしくじった、そんな気がした。
「大丈夫ですよ。」
そう言いながら、私の部屋の前へと誘導して行く。鍵を出しながら、言い訳を考えた。中に入れる訳にはいかないから。
 かちって、音がして。抱きしめられていた。
 
                 つづく


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遠恋に疲れたバリキャリににやけた金持ち上司。
う〜ん、ありがち ♬

by hirose_na | 2008-09-03 21:42 | 恋愛小説