恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 15
15 好き
第一七緒が悪いんじゃないかと彼は仮住まいのマンションに向かいながら呟いていた。
あの最後の日、さよならを言いに行った千久馬の服の裾をつかんで
「行かないで。」
なんて涙目で見上げるから。挙げ句に
「嘘。早く行ってよ。戻ってこなくても良いから。」
とか言いつつくまくまをぎゅっと抱きしめて。さんざんその鼻先にキスをした後、ぽんっと彼に投げてよこしたのだから。どう考えても
『私の代わりに連れてって。』
だよな〜、と。そんな風に気を持たせておいて、何を今更である。彼女はいつだってそうだ。意地っ張りで正直じゃない。でもどツボをついて甘えてくる事も確かで。分かっているのにそれにころりとやられてしまう。
「何だよ“嫌好き”じゃん。」
微妙なラインで彼は機嫌を良くしていた。
その頃、彼よりも先に着いてしまった書いてあった住所、ウイークリーマンション。車を止めワンブロック手前で買った栄養ドリンク180mlを飲み干し気持ちを落ち着ける七緒がいた。
いつ帰ってくるかなんか分からない。もしかしたら明日まで待つかもしれない。でも。彼女は自分に言い聞かせていた。
『4年よりは絶対短いよ。』
と。
エアコンを切り、エンジンを落とし窓を開ける。それから思い出した様にメイクも直した。
だからそれほど時間も経たずに現れたその影に少しだけ驚いた。路駐の脇を知り抜けあと数メートルでマンションという所で千久馬はネクタイを緩めため息をついた。その音が彼女には聞こえるようだった。
そっと車を降り、何となくガッツポーズをとった様な千久馬にそっと近づく。
「ねぇ。ちょっと、良いかな。」
その声に彼は少しびくっと跳ねてしまった。それはあまりに早い展開で。
玄関が開いてすぐ、ドアさえ閉まらないタイミングで彼は体当たりをくらった。正確にはハグ。
「好き。」
なんて。背中の七緒が呟いた。
「やっぱ、千久馬と一緒になる。家は婿じゃないけど養子が継げば問題ないし。」
どう返していいか分からず振り向く千久馬。やっぱ、ヤバいよな〜な七緒はもう今更引けないから。
「ご免ね。」
一世一代、振り絞って謝ってみた。
「あれから考えた。私、千久馬の事ずっと待ってて、やっぱ千久馬が好きだから。ここで間違った選択したら、一生後悔するって。だから、許してね。」
なんて。
見上げる彼女に唖然とし言葉を失った彼。それを誤解した彼女がぎゅっとしがみ付き、顔を埋めるから。
「しかたないなぁ。」
彼はそのにやけた顔を彼女に悟られない様に言っていた。
「まぁ、そんなに言うんなら、許してやらない事もないけど。だって俺、今でも七緒の事好きだし。」
すると腕の中の彼女が小さな声で
「千久馬、大好き。」
と言った。
なんだよ、彼は心の中で呟いた。やっぱ“嫌好き”じゃんって。
その後は誰もが通る道を通ったに過ぎなかった。
つまり、鍵をかける事、冷房を強に入れる事。
時間経過に伴い、我に返る事。やばいな〜って思い出すのがだいたい夕方で、父親に対する示し合わせを考えて。
「・・・・婿養子って、千久馬だったの?」
のぼやきに
「ご免ね〜」
なんて謝る必要もないのに謝ってみせ。
「9月から俺、七緒の部下だから。」
なんてふざけていると
「しごく事になるかも。」
シャレにならない返事が返って来て。
「お腹空いたね。」
って手をつないでコンビニに買い物に行く。
日がとっぷり暮れてしまうともういい加減逃げられなくて、
「行く?」
なんて軽く言い出し、七緒の家に向かった。
「ここは開き直りましょう。」
の彼女の提案に彼は素直に頷いた。
不思議な事に、4年間のブランクが有ったにもかかわらず二人の関係はあの頃と同じだった。ヒットポイントで七緒が謝るというその癖も。
その夜は快晴。夏の星空が宙に浮かび二人を見下ろしていた。
数ヶ月後。某庭園を望む宴会場で赤い顔をして酒を酌み交わす二人の男がいた。
「千久馬君は可愛かったよ。『お嬢さんを僕に下さいっ!』って頭下げてねぇ。」
4年前の話しである。
「ああ、そうでしたか。家の息子は昔から単純でしてね。しかも思い込みが激しくって。」
「「はっはっはつ」」
「それなのに、帰国してからすぐ、養子縁組を取りやめたいなんていきなり電話をしてきてねぇ。」
「何を考えたかって、それはあれですよね『七緒さんを父親の力じゃなくて自分の実力で振り向かせたい!』っていう、切ない男心ですね。」
「やっぱり、そう思いますか!」
「「はっはっはっ」」
250人がひしめき合うホールで二人の声はまるでマイクを通しているかの様に響いていた。
「娘の方も娘でして。千久馬君の名前を伏せて縁談の話しを進めていたんですよ。まぁ、とりあえず素直に聞き分けているかに見せかけて、何ですか。千久馬君が帰って来た次の日にいきなり姿を消したんですよ。その上『結婚は取り消し!』」
ここで彼は娘の声色をまねた。
「なんて電話を書けてよこして。で、それっきり。家に帰って来たのは夜遅くなってからで、千久馬君も一緒じゃないですか。焦りましたね。何がどうなっているんだって。」
「まぁ、よっぽど二人は愛し合っていたんでしょうねぇ。お互いこの人じゃないと生きていけない、って感じだったんでしょうか。」
千久馬のロマンティストぶりは父親譲りらしい。
「駆け落ちしたかと思ったよ。」
「「はっはっはっ」」
来客の杯を受けながらひな壇のタキシードが顔を引きつらせた。
「羞恥プレイか、これは。」
花嫁の方はお色直しで不在がち。自分だけ恥さらしである。このままでは隠れていちゃこいていた話しや、短冊に書いた願い事まで暴露されそうな気配である。
「早く戻って来てくれよ、七緒。」
彼は切に願った。
「独りじゃキツいよ。」
そんな彼にはおかまいなく。
「そうそう、そう言えば。千久馬君は料理が御得意との事で。」
「いやはや。今時料理の1つも出来ないと結婚に困るとうちの家内がね。」
「ああ、それで。いやね、うちのものの情報によると、最上の家の味付けを覚える為に七緒に手料理を作ってくれた事も有ったと言う事で。娘にはもったいない事です。」
「いえいえ、ここだけの話しですがね、千久馬、実はエプロンフェチでして・・・・」
そして夜は更けていく。
遠くで笹の枝葉がひっそりと笑いさざめいていた。
おしまい
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御待たせしました。終わりました。
季節ものなので、必死で書き上げた次第です。
今回も完全見切り発車で、どうやって落ちを付けようか最後まで
適当!! って感じでした。
とりあえず、ハッピーエンドがお約束。
彼らが感じていたはずの障害は実はお腹の黒い自称キューピットちゃんで、
大きく横たわっていたはずの天の川も、越えようと思えば越えられたんだって言う。
そして、ちぐはぐな性格はお互いの足りない所を補い合うものだった。
そう思って頂けると良いかなって感じです。
by hirose_na | 2008-07-15 17:26 | 恋愛小説