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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 14

14       腹の内 
 
 いつだってそう。選択が有る。誰だって散々考える。一番良いっていう道を。自分にとって。相手にとって。家族にとって。会社にとって。



 どれを優先するかはみんな違う。でもやっぱり一番いい方法を選びたいって思ってる。

 ぼんやりと戻った玄関先には懐かしい姿があった。少しお尻の大きな薄汚れた茶色のボディにまんまるお目目。それから首が少し右に傾いていていつも何か言いたげな表情。
「くまくま。」
それは4年ぶりの再会だった。あの日から姿を消していたぬいぐるみが帰ってきていたのだ。七緒はその子をそっと抱き上げた。
「おかえり、くまくま。」
どうしてここにいるのか分からないけれど、とにかくくまくまだ。ぎゅっと抱きしめると千久馬の匂いがした。
「持ってってたんだぁ。」
それは何となく記憶に有った事だった。熱で朦朧としていた七緒に千久馬が何かを話しかけ、ぼんやりと首を振る。
 本当は
『気をつけていってきてね。』
とか
『せめて連絡先を教えてよ。』
とか
『頑張ってね。』
とか。このときじゃないと言えない事を言いたかったはずなのに。それなのに何かを言いたくて口を動かした記憶だけは有るものの、何を言ったかは定かではなく、ただひんやりとしたくまくまの鼻先の感触だけを覚えていた。
 そしてそこには一枚の紙切れ。彼女もよく知っている市街地の住所。
「あ〜〜〜。」
彼女はぬいぐるみを抱えながらそのまま玄関先にごろんと転がった。
「私、何やってんだろ。」
せっかく彦星が川を渡ってやって来たっていうのに、これじゃぁ格好悪いったら有りゃしない。白い紙を天井に透かす様に眺めた。あの頃とちっとも変わらない彼の字。右肩上がりで、1つ1つの文字が微妙に離れていて。書いている名前は平仮名で“ちくま”幼くも柔らかく。
「決めた!」
彼女はむっくりと起き上がると、唇をぎゅっと結んだ。それから家の中に駆け上がり携帯をつかんだ。
「ゴメン、お父さん。体調不良で午後の会議欠席。それとね、養子の事だけど。」
電話向こうが話し始める前に切り出した。
『ああ、その事だけど・・・・。』
もちろんそんな言葉は聞いていない。
「縁組みは無しで、この家継いでもらって。私、出て行くから。全部あげる。って事で一生のお願い!!よろしくね!」
それから車に飛び乗った。携帯はお留守番。お小言は後で聞く。
 何でも良いから元気の出る曲を聞きたくてラジオを回すと、
『ヤッターマンの歌』
が流れ出す。
『エンジンぶるぶる絶好調〜♪』
なんて。
「しかも世良公則だよ〜」
声に出して笑った。何だかじぶんが阿呆に見え。でも、それも良いなって思えた。

一方彼の方は彼女の言葉に動揺しある意味しっぽを巻いてしまっていた。
「どうしたもんかぁ。」
この状況、このタイミングで養子縁組を申し込んでいるのが彼だと言う事にちっとも気がつかないというか、思いつきもしない七緒を
「鈍感!」
と愚痴りながら歩いた。彼女には知られていない事だったが、留学費用の半分は最上の会社から奨学金名目で借りてて、将来の丁稚奉公が待っていた。それにあの父親に単純に彼女と結婚させてくれと言った所で相手にされるはずがなく。あえて日本を離れる前に
“婿養子”
に入れてくれと頼んでいったのだ。もう、人生捧げますって覚悟だった。ただその時に言われた言葉というのが、
『君がこの家に入る事まで考えていてくれているとは。まぁ、最上としてはありがたく御受けしたいと思う。でも、それは君が帰って来るメドが立ってから動き出す話しだと思っていてくれ。飯田君がいない間、七緒の気持ちを縛る事は誰にも出来ないからその覚悟はしていて欲しい。決めるのはあの子だ。だからその時になって改めて話しをしよう。』
と言うもので、父親として正当と言えば正当な意見だった。それ故に、彼女に
『必ず戻って来るから待っていて欲しい。』
だなんてプレッシャーをかけられなくなった事も確かで。現地に行ってからは彼へのメールで七緒の生活を教えてもらう、そんな有様だった。
 そんな4年間を過ごし、やっとここまでこぎ着けたのに。
 その上彼女の事だから自分の生き方を変えるなんて事出来ないだろうって事は簡単に想像がつく。
「しかたないなぁ。」
とにかく、惚れた弱み。自分から折れる他にはない。取り出した携帯で馴染みのある番号に電話をかける事にした。
 彼は見た目より決断が早いのだ。
「あっ、もしもし、お父さんですか。」
もちろん相手は本当の親ではない。
「電話で話すのは何なんですが、とりあえず用件だけ。」
それから
『え〜!!何だよ、千久馬君!!』
の反応を受けながら
「また後ほど。」
とさっさと電話を切ってしまった。ついでにマナーモードへ変更し。その瞬間、彼にしては珍しく闘志が湧いて来た事は確かで。
「明日からはどうやって責めようか。」
妙な気合いが入っていた。

 そもそも、千久馬に金を貸すという話しが有った時点で彼には下心があった。彼の父親とは大学の同期生で、その人柄をよく知っていた。その彼の息子だ。悪い人間であるはずがない、と。実際会ってみると、見てくれは今時だけれど中身はなかなか古風な好青年で。正直息子にしたいと思ったのだ。しかも一粒種の娘は年ごろだと言うのに男っけがなく、いやにこざっぱりしていて結婚どころか彼氏さえ作る気がない様子。こうなったら最上の将来の為にも
『あわよくば婿養子に!』
と密かにほくそ笑んだのだった。男は身元が確かな方が良い。
 その為に渡米までの数ヶ月を最上の家で暮らす事も勧めた。二人に顔なじみになってもらう為だった。そのはずが。思惑以上に事が運び、彼にしてみれば万々歳の展開だった。
『障害があれば有るほど恋は燃えるもの!』
そんな小説まで書けてしまうんじゃないかと思うほど読み通りだった。
「彼女を僕に下さい。」
そんな風に頭を下げる千久馬を腕組みしながら見下ろし快感を感じていた。
「お父さんさえ良ければ、養子として名前継がせて頂きます。」
もう、完璧!と。
『こっちで言い出したんじゃないもんね〜。千久馬君がどうして持って言うから渋々だもんね〜』
の流れを作り。渡米した彼から毎週届く
『七緒は元気ですか?』
のメールにいじらしさを感じ
「この子は本当にいい子だなぁ。」
と思っていたのだった。そして来週には
『お父さんの意地悪!私がずっと彼の事を好きだって知ってたのね!』
ってな娘の叫びを聞きながら、結納の上座に座っている予定だった。
 それなのに。
 連続2回の電話。
『申し訳ないんですが、婿養子の件は白紙で御願いします。』
間髪入れず。
『お父さんゴメン。』
・・・・二人の間に何が有ったんだ!のどんでん返し。しかも両人とも折り返しの携帯電話に出やしない。彼は頭を抱え机に突っ伏していた。
「私の思惑が・・・・・」
外れてしまったらしかった。

                        つづく



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次話で終わりの予定です。
腹黒策略家の父親の運命はいかに!? いや、違うって?

by hirose_na | 2008-07-14 23:29 | 恋愛小説