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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 12

12       牽牛 二人

 厄介な事に、七緒が25になる直前に
『養子縁組を考えている。』
と父親が言い出した。それは無理矢理連れて行かれた呉服屋での事。



「何で今更振り袖な訳?」
の問いへの答えだった。反物を広げられ、ニコニコと笑う父親の姿に
『何考えてんのよ!』
だったのだが、さすがにこの歳になってそんな反論を受け入れてもらえると思うほど甘くはなく。
「それって私が結婚するって事?」
やんわりと聞いてみた。父親はこう見えて保守的なのだ。ここに来て娘に家を継がせるよりもちゃんとした男に継がせた方が良いと思ったのか。それとも
「私ってそんなに男運なさそうに見えるのかなぁ。」
彼が答えられなくなる様な聞き方は避けながら、本当の所を探った。
「いや、そんな風には思わんよ。」
父親は表情を崩さなかった。
「ただ家に入りたいって言う若者がいてね。この前会ってきたけれど好青年だったし。七緒さえ良ければ婿養子にもらおうかと考えている所なんだ。なに、決まった話しじゃないから。」
その口調には
『もう決まっている。』
のニュアンスが有り。彼女はそっとため息をついた。長い間最上のひとり娘として恥ずかしくない様に勤めてきたつもりだった。古いしきたりもこの歳にしては熟知していると自負をし、少し時間がかかったものの念願の国試も取れた。大学を卒業した後も迷わず最上の会社に入り下働きから始め、泥をすくう様な嫌な仕事も進んでやったし、努力だけなら誰にも負けているとは思わない。それでも、父には何かが足りないらしい。所詮、女だから。買い手がつかなくなる前になんとかしなければとでも思ったのか。
「私に彼氏がいるって思わなかったの?」
その言葉を父親は笑って濁した。
「まぁ、まぁ。」
と。
「そうね。」
ここは父親に従った方が良いのかもしれない。彼女はふと考えた。あれ以来誰かを好きになる事もなく、多分この先も気配すらない。だったらいっその事無駄に時間を過ごすより、最上の家のために尽くすと言ってくれる男と一緒になるのが得な様な気がしてきたからだ。この家の為に人生捧げようと思った、などというプライドは言うだけ惨めになりそうで止めた。
「あぁ、そこの。」
ふと目にとめた反物が有り、彼女はそれを指差した。微かに青みがかった墨黒の地に疋田の総絞り。
「それを見せてくれないかしら。」
訪問着仕立てのそれを七緒はひどく気に入った。遠目に見たら多分黒の一色。その上に散らばる花の数々。絹糸の刺繍は光を受けてきらきらと光り、花の一弁一弁が舞っているかの様にきらめいて。
「これが欲しい。」
思わず言っていた。その姿は天の川。夜の闇を渡る花の波。これを最後の思い出にしよう。彼女はそう決めた。
「下前(着物の裾の見えない部分)に笹の船を浮かばせて頂戴(刺繍で文様をいれるの意味)。八掛け(裾周りの裏地)は若竹(明るい青色がかった緑色)。帯は全通(総柄)の玉虫色。紋(後襟に入れる家紋)は母系紋の染め抜きで1つ。小物はまかせるわ。」
何の相談もなく、あれよあれよと言う間に高額の買い物が済まされる。
「最上の家の名前に恥じない様に仕立ててね。」
その一言で父親は全ての言葉を飲み込んだ。この際振り袖である必要が無くなっただ。娘さえ良ければそれで本決まり。顔見せも結納も形式に過ぎない。それならばすでに手持ちの品で事足りるし、それよりも嫁した後に装う為の品物ならば、それもよしと思えた。
「秋口には着れるかな。」
彼は散財を快く受け入れた。
「もちろんですとも。」
その言葉から、あと半年後には自由が無くなる、そう七緒は教えられた気がした。

『そんなんで良いの?』
電話越しの声は呆れ気味で。
「しゃぁないじゃん。もう、お父さんが決めちゃった事だし。来週には顔合わせよ。」
七緒の声はいつもと変わらない。
「とりあえずお父さんの選んだ相手と一緒になって駄目になったとしても、私の責任じゃないしね。」
『最上、人生捨ててね?』
「んな事言ったって、司だって一緒じゃん。」
彼女はベッドに転がり天井を仰いだ。
「お互い家の為に結婚する身の上じゃない?」
それに彼は答えなかった。
「それともなに、私と偽装結婚でもしてくれる?」
すると相手は吹き出して笑った。
『それってシャレ?』
「マジ。」
『勘弁してくれ〜』
「はいはい、嘘です。」
彼女は司の想い人を知っていた。多分彼は一生その人とは一緒になれない運命の人だ。だからこそ高校時代、二人でふざけながら
“偽装結婚ネタ”
を相談した事が会ったのだ。お互い25になってもフリーだったら、世間体の為に結婚しようかと。次に彼女が耳にした彼の声は、久しぶりに聞く真剣な響きが有った。
「最上、自分の事七夕みたいな恋だって言ってたよな。俺もそうだから分かるけど。でももう俺、渡し船待つのに疲れちまってさ。こうなったら自力で天の川泳いで渡ろうかって思う。それで駄目なら仕方がないかって。対岸までたどり着けなかったらそれまでだし。俺、最上と違うぜ。根性有るだろう?」
ああ、根性が有るよ、と。七緒は正直に羨ましいと思った。彼女の中の牽牛は遥か遠くに霞んでいて、今どこにいるのかさえも知り得ず。
「応援してる。なんか有ったら力貸すから言ってよね。」
『サンキュー、そん時は遠慮しないですがらせてもらうわ。』
不必要に元気そうなその声が、彼とて自分を叱咤激励してなんとか奮い立たせている、そんな気配を感じて涙が出そうになる七緒だった。
                          つづく

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司君の事が微妙に気に入っている作者です♪
今度どこかで出してしまいましょう。
姉 × 弟 とか♪

by hirose_na | 2008-07-12 22:27 | 恋愛小説