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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 11    

11      現実

 彼には彼の気持ちが有る。そう分かっていて、それを話し合う事の出来ないもどかしさに七緒は焦りを感じていた。



 その上自分の気持ちさえ定かではなく。
 彼が好き。離れたくない。でも、アメリカには行ってもらいたいし、彼の夢を叶えて欲しい。かといって3年と言う月日、この気持ちが変わらないという自信は無く。ましてや学生の自分が何もかもを捨てて彼についていく気にもなれす。足手まといと言われるのがオチだと思う。
 多分加納さんにはバレていて、父親も薄々感づいている、その気配を感じながら、出来るだけ早く二人で結論を出さなければいかない状況まで来てしまった気がした。
 色を付ける事の出来ない感情が、まるで四角く切った寒天ゼリーみたいに解け合わず、彼女の手の中でゴロゴロと転がっていた。

 七夕が過ぎ3日が経ち家の笹飾りは下げられていた。
「一応、この家のかまどで焼いて天にお届けするのがしきたりなのよ。」
彼女はそう言って短冊を1つ1つ手で外していった。
「これも習わしで、最上の血筋の人間がやらないといけないんですって。やんなっちゃう。」
その言葉とは裏腹に、彼女は1つ1つを丁寧に外し、両手で挟んで一枚一枚をキレイに伸していった。
「伸ばすとこだけ、手伝おうか?」
見かねた彼が声をかける。この調子では1時間もかかる事だろう。
「うん、ありがとう。」
それ位は良いはずだと七緒は素直に頷いた。
「でも、アレだね、こういう事していると、他の人のお願いを覗いているみたいで、何だか照れるなぁ。」
「そうなのよ。」
彼女はうんうんと首を振った。
「別に誰でも見れる様にはなっているんだけどね、それをこうして手に取ってみると、何だか悪い事している気分になっちゃう。」
「わかる、わかる。」
そんな風に感じる彼女を好きだから。彼女らしいその想いを彼は大事にしたかった。
 もうすぐ終わると言うめどがついた頃、何かの拍子で七緒の手が止まった。
「どうした?」
「何でも無い。」
本当はその文字に血の気が引き、指先さえ冷たくなったと言うのに。彼女はさりげなく千久馬の手の中に次の短冊を渡した。そこには
『彼女と一緒になれます様に。』
の文字。黙々と作業を続ける彼女に
「ダメな訳?」
その声は絞り出す様に呟かれた。
「こんな事望んじゃ、ダメな訳?」
手元の署名には平仮名で“ちくま”とあり、
「返事、してくれよ!」
彼の頭の中で感情が爆発しそうになっていた。
「俺が好きだって言ったの、信じてくれないの?俺の気持ちってそんなに軽いって思われてる?なんだよ、それ。」
 自分でも悲しい位七緒は冷静だった。何しろ彼はもう少しで日本を離れるのだ。最低でも3年は帰ってこない。すこぶる遠距離恋愛。しかも先なんか見えやしない。それなのに“一緒”
だなんて、
「意味分かんないよ。」
彼女は手を動かし続けた。
「?」
怪訝な表情が彼女を覗きこむ。
「嫌だった?」
その声は疑う事を知ら無い様に響いた。正確に言うと、疑う事で事実を肯定などしたくはなかったのだが、彼女にそれは伝わらない。だから
「そういう事じゃない。あんたね、考え甘いから。」七緒が言えたのはそれぐらいだった。
「何考えているか知らないけど、楽観的過ぎ。」
その言葉が彼を傷つける事は分かっていた。でも彼女にとっては言わなければいけない言葉にさえなっていたのだ。
「地に足つけてよ。アメリカ行ったら何とかなるの?ここで私との事口約束だけして、今だけ幸せ〜なんて、ガキじゃあるまいし。いい加減にして。悪いけど私はあなたほど子供じゃないから。日本でね、飯食って暮らしていける様、必死になって考えて将来に向かって努力してんの。夢見てるだけなんて、中学生のお友達気分じゃあるまいし。勘弁してよ。最初からあんたいなくなるって分かっていて始めた事でしょう?それなのに・・・・中途半端な約束、しないでよね!」
全て信じていった言葉だった。決して間違ってはいないと。だから先に目をそらしたのは彼の方で。
「そうだね。俺、昔っから考える事甘いから。」
そういって項垂れた。
 彼の手に最後に渡されたのは
『現役で公認会計士に合格できます様に。』
の彼女の一言だった。
「ありがとう、もうこれでお終い。」
七緒はずっしりと重みのある段ボールを抱え外に出た。古くて一年に数回しか使われなくなったかまどだが、手入れは加納さんが済ませてある。その隣りにはマッチとそだ(小枝)。
 火を放ち置火を作りその中に一枚一枚を放り込む。彼に手伝える事は無く、その様子をぼんやりと見ているだけだった。
 白く立ち昇る煙、目に滲みてくる煙たさに七緒は涙をこらえる。
 その夜は星空。満天の星。天の川が大きく宙を二分していた。

 それからの二人は微妙な距離を保ち続けた。とにかく会わなかったのだ。
 何しろ七緒は提出のリポートが山済みで、自宅に帰ってくるのが10 時を平気で回っていた。朝は朝とて、しなければいけない事が有り、早朝には家をでる。もしくは、寝だめとばかり昼近くまで睡眠を貪った。
 そしてもう来週には彼がアメリカに経つとと言う頃に、彼女は意識をなくしていた。夏風邪をこじらせたのだった。
 熱が42度にも上がり咳がおさまらず、いくら水を飲んでも乾いていた。
 だから最後に彼に会った記憶が彼女には無かった。
 ただ薄ぼんやりとした影。彼女が抱えて眠っていたはずのくまくまがその鼻先でキスをして。
 そして気がついた時には彼は居なくなっていた。
 
                        つづく


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七緒ちゃん、言っちゃった。彼女らしいでしょう?

by hirose_na | 2008-07-11 22:17 | 恋愛小説