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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 7

7    風鈴

 最上家の習わしで7月1日は風鈴を出すとう風習があったのだが、ここ数年は長く勤める家政婦の仕事になっていた。



「へ〜古風だねぇ。」
彼は相変わらずの表情で年中行事を楽しむ家政婦さんの手元を覗き込んだ。
「この季節になると梅雨寒も抜けて蒸し蒸しした暑さに変わるでしょう。」
もう60を過ぎた彼女にとって、彼はある意味子供の様なものだった。
「ですからね、こうやって涼を呼び込むんですよ。なんでも先々代からの言い習わしでね、こうすると食中毒になりづらいんですって。」
そう言っては小箱に収まった包みを丁寧に取り出した。
「俺、これ好きだなぁ。」
そういって彼が取り上げたのは気泡まじりの薄ガラスに真っ赤な金魚。
「可愛いじゃん。」
新緑の水草の隙間を泳ぎ戯れ、いかにも遊んでいると言った風情のそれは、何とも愛らしく、金魚の表情もどことなくおどけて見えた。
「あぁ、それは。」
彼女は手を休めた。
「七緒ちゃん用って決まっているんですよ。」
そう言って小さくうなずいた。
「それ、七緒ちゃんのちいさな頃からお気に入りで。何でも昭和初期の品物らしいんですす。その昔、どうしてもそれを飾りたいって駄々をこねるお嬢様を、子供の部屋に飾るのには少し高価過ぎるとご主人様がたしなめましてね。先代様がそれを取りなした事をよく覚えていますよ。」
それから、
「良いものがありますよ。」
彼女は不意に立ち上がり、土蔵の方へと消えていった。駒ねずみの様なその姿に、彼は実家の母は元気でいるのだろうかと、ふと田舎を思い出していた。
「これこれ。」
彼女が持って来たのはずいぶんと薄汚れた桐の箱だった。それからそっと蓋を持ち上げると、中から出てきたのは丁度彼の手の中にあるものとお揃いの風鈴だった。ただ違うのは、金魚はまるまる肥えた黒い体を持っている事。
「元々は対なんですよ。」
彼女の手の下で、黒い金魚が踊った。
 2つの風鈴を列べると、お互いが追っかけっこをしている様にも見えた。ひらり、ゆらり。金魚が泳ぐ。青く透明な湖水の底を。飛び出しそうで、飛び出す事は出来ない、閉じ込められた空間。
 彼は短冊を指先ではじき、その高音の響きを楽しんだ。
 
 玄関を開けた瞬間、家の中から微かに聞こえてくるその音色で、今日から7月だとしみじみと感じた七緒だった。昔からその音は彼女の中の体内サイクルも夏へとシフトさせる、そんな力を持っていたのだ。これから暑くなる。その事を意識した瞬間、汗がじわりと昇ってくるようだった。
 リビングには千久馬がいて、紅い金魚をゆらゆらと揺らしていた。
「お帰り。」
「ただいま。」
同居と言うのか、同棲と言うのか。彼のすっかりとくつろいで馴染んだ様子を少し笑った。「おいでよ。」
千久馬が手を招き、
「手洗いうがいが先。」
彼女は笑いながら背中を向ける。
 その後を彼がついてきた。
「何?」
そんな事は滅多に無いのに。ちょっと困った顔の七緒を見下ろしながら
「一度、部屋入らせてよ。これ吊るすから。」
その手の中の金魚をゆっくりと回してみせた。
 彼女の部屋は彼の想像通りきちんと片付いていた。なのに
「恥ずかしいから見ないでくれない。」
と七緒は少しふくれ気味だった。ベッドの上のよれた熊のぬいぐるみが恥ずかしかったのだが、彼はむしろ喜んでそれを手にとった。
「めちゃ可愛い。この子。」
それからギュゥと抱きしめ
「七緒の匂いがする。」
とのたまった。
「くまくま、返してよ。」
一番見られたくないものを見られてしまい、真っ赤になりながら手を伸ばす。自分の子供っぽい部分を見られるのは嫌だった。
「もしかして。」
それに追い打ちがかかる。
「毎晩一緒に寝てるの?」
彼女の反応でそれがあながち嘘じゃないって分かるから。
「なんか悔しい。この子、くまくまって言うの?ええい、こうしてやる!!」
彼は自分のほっぺをぐりぐりとその子の鼻に押し当てた。
「俺様の匂いをつけてやる!」
「馬鹿。」
そんな彼を笑った。くまくまはもともとよれよれで、それがなおいっそう愛おしかったのだ。だから彼にもみくしゃにされるなら、いっそ幸せな様な気がする七緒だった。

 彼女は風鈴をいつも部屋の内側に吊るしていた。
「だって、大切なんだもん。」
それじゃ風に当たりづらいよ、そんな言葉を飲み込み、彼は言われた通り窓際にそれを吊るす。彼女が挿げ替えた新しい紐が少し短めで苦労したものの、それは丁度良いと言えば丁度良い位置に治まり、少し開けた窓から流れる新しい空気に揺れ、金魚は喜び跳ねているようだった。
「可愛いね。」
「うん。」
椅子を片付けながら彼は自分が借りた黒い金魚の事を彼女に話した。
「あれも可愛いよな。」
と。その言葉に七緒は顔が一気に火照るのを感じた。
『この黒い金魚はね、私の旦那さんになる人が使うの。だから他の人が使っちゃ駄目なの。いい?だから大事にしまっておいてくれなきゃ、嫌よ。』
その昔、夏になる度に何度も加納さんに繰り返した言葉だった。どうやらそれを彼女は覚えている、らしかった。
「うん、可愛いわよね。少し不細工入っている所が。」
しまったなぁ、そう思いながら、将来の無いこの関係を加納さんがどう感じたか、その事が少し気がかりだった。

                       つづく 

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 不必要に長い あとがき

うううっ、ご指摘頂いたとおり、本当は今日でお終い♪
な予定でした。

特に企画ものに参加するでも無く好き勝手書いていて、
季節感ももう少し加えたいなぁ、
と急に思いつき、またもや見切り発車した次第。

しっかりと終わる自信がな無かったもので
『何も聞かないで〜』
なのでした。

でも、書いていてこれが結構面白い♪
小さなエピソードが出来てきてしまい、本日の完結は無理になってしまいました。
今しばらく御つき合い下さい。

ところで、竹?金魚?ん??
なんか被っていない?
そう思われたあなた、正しいです。
あ、いえ、意識はしていましたが(ヤバいよな〜って)、
今回テーマが“七夕”で、どうしても主軸に笹(と天の川)を使いたかったのと、
二人の関係を暗示するエピソードに
“風鈴の中に閉じ込められた金魚”
を盛り込みたかったものですから・・・・。
もう少ししたらその部分が出てくるのですが、
『まぁ、全く使い方違うし、それなりに意味のある部分だよな。』
なんて思って頂ける様、
takao 様のファンに蹴たぐられない様頑張りますので
御許し下さいね。

by hirose_na | 2008-07-07 12:55 | 恋愛小説