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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 6

6       笹舟

 うとうとと微睡み、彼のキスで目が覚めた。
「お早う。」



そう言われ慌てる。千久馬はそんな彼女の姿を仕方が無いと見つめていた。
「まだ7時前だから。お風呂入っても間に合うよ。」
それは父親の帰りの事だった。
「ん。」
七緒はほっとしたかの様に表情を緩め、千久馬の躯に手を回した。その甘える様な仕草に、ぽろりとこぼれた言葉は
「俺たちさ、織り姫と彦星っぽくない?」
そのいきなりの展開に彼女は目を丸くした。
「何で?」
と。
「だってそうだよ。お互い顔が見える距離にいるのに滅多に触れ合えやしない。僕は君に夢中で、もっと傍に居たいのに、君のお父さんが障害になって川の向こう岸に渡れずにいるんだから。」
ため息とも取れる様な深い息づかいをつむじに感じ、
「そうかもね。」
とだけ七緒は答えた。
 彼はロマンチスト。もしかしたらこの状況そのものが彼を駆り立てているのかもしれない。そんな不安が胸をよぎった。

 その晩はゼミのコンパで家に帰るのが10時を回る事だけは確実に分かっていた。
「心配しなくても大丈夫だから。駅からはタクシーで帰るし。」
彼女は朝食の席でそう告げていた。別に子供ではないので門限は有って無きがごと。だからこそ心配をかけないのがルール。そんな七緒のプライドを熟知している父親はうなずきながら
「だったら千久馬君、娘を迎えに行ってくれないかな?」
と隣りに座っている彼に話しを振っていた。
「えっ、いいよ、お父さん。タクシーで帰る方が早いし。第一迷惑だよ、池田さんに、ね?」
見透かされている様で慌ててしまい、思わず彼に同意を求めたのだが、
「そんな事無いけど。」
至ってのんきな返事で彼が答える。
「どうせする事無いから、その時間になったら駅前ぶらぶらしてるよ。」
その言葉に父親が頷き、あっさり話しは決まってしまった流れとなり。
「大丈夫なのに。」
唇を尖らせながら、いらない意地を張る事の無意味さに言葉を濁した。
 コンパは思いのほか長引いてしまい、彼女は挨拶もそこそこに帰りを急いだ。朝の会話で、彼があらかじめ迎えに来る心づもりが有る事に気がついていたから。
『これから金町出ます。』
繁華街からメールを送る。逆算して、彼が15分後に家を出ればほとんど同時に駅で落ち合えるはずだった。
 案の定、彼は改札の所で手を振った。
「お疲れ。」
と。
「疲れてないし。」
憎まれ口を叩く彼女のトートバッグを彼が奪い取る様に持ち
「はいはい、お姫様。」
おどけながらコイン駐車場まで歩いた。
 室内は冷たく、彼女はほんの少し違和感を感じた。それから緩やかに車が発車し、出口へと向かう。
「あっ、悪りぃ、小銭足りないや。」
彼が財布を覗き込む姿に、慌てて自分の小銭入れを開ける。
「ゴメン、気が利かなくて。」
ここは自分が出すのが礼儀だよな、そう思いながら100 円玉をいくつか渡しはたと気がついた。
「ねぇ、いつから待ってたの?」
「ん〜。」
左右の安全確認に気をとられながら彼は答える。
「少し前だよ。」
その少しが、1時間以上前だという事に七緒は気がついていた。
 そして家の少し手前、車は脇道にそれ、ダートを走った。
「ちょっとぐらい、良いよね。」
嫌だと言うはずが無い。
「ちょっと、ね。」
頷きながら今日の日付を思い出した。リミットは3週間を切っていた。
 狭い車を降り、大きく両手を伸ばし仰ぎ見る空は満天の星。
「今晩は一段と綺麗だなぁ。」
「そうね。」
彼女はその後に続きながら頷いた。二人とも視力がよく、星屑の1つ1つが確かな光を放っている事に目を奪われながら。
「天の川がくっきり見えるよ。」
彼は指差した。
「本当だ。」
彼女はいわれるまでまったく気がつかずにいたのに。
「昔から不思議だったんだけど、天の川ってどうして本当に川みたいに見えるんだろうなぁ。」
川に見えたから川ってつけただけでしょ、そんな言葉を七緒は飲み込んでいた。当たり前と言えば当たり前の事が彼にとっては不思議だと言う事に最近になって分かってきたのだ。
「もうすぐ七夕かぁ。」
彼は腕に中に彼女を引き込みながらそう言った。
「晴れると良いね。」
背中に彼の心臓の音を感じながら、彼が言いたい事に思いを巡らす。それは多分とても単純な事。
「そうね。織り姫様と彦星様が会えないと可哀相だものね。」
「一年に一度だもんなぁ。」
顎の先をこんこんと彼女に触れさせながら、
「会えないのは辛いよ。」
彼はその腕に力を込めた。
「でも、星の寿命で考えると、一年に一度って人間の一生に例えてもの凄く頻回に会っている事になるらしいわよ。」
それは今日聞いた先輩の話しの受け売りだった。その言葉を彼は相変わらずだなぁと思って受け止めた。
「だけどさ、離れるんだよ。ずっと一緒にいれる訳じゃ無いじゃん。」
その事が凄く寂しい事に思えるのだ。
「会いたい時に会える訳じゃない。年に一回、決められた夜だけ。しかも雨降ったら駄目だし。覚えてる?去年もその前も雨だった。もう、3年も会ってないんだよ?何だか可哀相になるよ。」
その事が自分たちの関係と同じだって事に彼は気がついて欲しかった。彼女が期間限定と割り切っているのだと気がついたのは、ほんの少し前。だから自分の事を素直に受け入れてくれたって事を察し、終わりの見えている恋だからお互い大人の恋をしようとする彼女が悲しかった。彼の中の恋には消費期限なんか無く、ただ好き、それだけだったのだから。
「天の川なんか無きゃ良いのに。」
恨めしげな声を
「馬鹿ね。」
微かに笑う声。それが無理だと言う事は二人とも知っていてから。
「じゃぁ、こうしよう。」
不意に彼はしゃがみ込み、青々とした笹の葉を手に取ると
「待ってて。」
と何かを作り始めた。
「ほら。」
その掌に乗っていたのは、笹で出来た船。それを摘み空へと持ち上げ、彦星のアルタイルから天の川を渡り織り姫のベガまでゆっくりと滑らせた。
「これで大丈夫。」
微かな満足を感じながら彼は七緒を振り向いた。
「いつでも川、渡れるから。」
 帰り道、笹舟は彼女の手の中に有った。
「持ってて。」
と渡され。それが彼の手から離れた事が何を意味するのか考え、悲しいなんて言えず。そして彼は、二人を結びつけるはずの笹舟を、彼女が大切にしてくれる事を願った。


                         つづく

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by hirose_na | 2008-07-06 21:51 | 恋愛小説