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恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 1

恋愛小説 天ノ川 向コウ岸

田舎の家業を継いで地道に励んでいたはずの最上七緒。
可もなく不可もない人生で、彼女が思い出すのはこの季節、
笹の香りと、風のざわめき。
4年前に忘れたはずの恋心。R 15

   * 目次 *

1  青竹  More スクロール

2  ロマンティスト

3  半径0 cm

4  線香花火 R15

5  リミッター R15

6  笹舟

7  風鈴

8  願い事ひとつ

9  縁日

10  黒い金魚 R15

11  現実

12  牽牛 二人

13  天の邪鬼

14  腹の内

15  好き








1  青竹

 さらさらと流れていく竹を仰ぎ見ながら彼女は木漏れ日の向こうに広がる青空を気にしていた。
「晴れるかな。」
右手には草刈り鎌を持ち左手には大きな枝。まだ先とはいえ7日後には七夕。町内会の子供達がこの大きな屋敷に茂る笹に目を付け一枝欲しいと言ってきたのだった。
「いいよ。」
七緒はすぐに答えていた。父親が駄目と言うとは思えなかったから。だから彼らのために刈ったのだった。それからもう一振り。それは自宅の玄関先に飾ろうかと思ったのだった。
 彼女の手の中で、青く瑞々しい竹の断面が若い芳香を漂わせていた。

 最上七緒(もがみななお)の家は旧家で昔からの家柄だった。それでもこのご時世、家こそ大きいものの派手ではなくつましく暮らしている。最も彼女の父親は地元では有名な会社の社長をしており、彼女自身将来は後を継ぐ予定があった。
 真面目なだけが取り柄の女だって彼女は自分を思っていた。でもそれは彼女が望んだ事だったから。小さい頃から最上家の跡取りとして育てられ、きちんと行儀よく過ごせと躾けられ。
「ふぅっ。」
この日は休暇を振り分けられて、午後には街のエステに通う様に指示されていた。何しろ今となっては
“女副社長”
という看板を背負わされているのだったから。日頃からキレイにしておくのは、会社員がスーツを着る事同様に彼女の職種では当たり前と言えば当たり前だった。
「面倒くさい。」
七緒は年ごろの娘らしくなく、さも鬱陶しいとでも言うかの様に独り言を呟いていた。

 彼女とて25歳。今まで恋の1つもしてきたけれど。自分の保守な所と言うか手堅い所が嫌だと思う時もある。そう、例えばこんな、空気が乾燥し、竹林の間を風が通り抜けるこんな日は。

 初めて彼に会ったのは21の早春。それも丁度その裏山の竹林での事だった。
「ここ、最上さん家?」
彼は無造作にそういって七緒に近づいてきたのだ。最上の家も何も、敷地に入り込んで、ましてや挨拶も無く尋ねてくるその男に彼女は眉をしかめていたものだ。
「あんた誰?」
その敵意とも取れるもの言いにさすがにしまったと思ったらしく、彼はぺこりと頭を下げた。彼が七緒に抱いた第一印象は、青竹だった。若くてまっすぐで、折れるを知らない強情っ張り。
「僕、飯田千久馬(いいだ ちくま)って言います。今日から最上さん家にお世話になる事になっていて、家、探していたんですよ。」
彼はとりあえず誰にでも受けそうな満面の笑顔を浮かべた。その笑顔は日差しの様に輝いて、七緒はその瞬間まるで早咲きのひまわりが咲いたみたいだと感じていた。中学も高校も共学で、特に男に免疫がない訳ではないけれど、彼は特別なタイプの人だと。つまり、華がある。
「連れてってあげるわよ。」
だからどきどきしている事を悟られない様、顔をうつむかせ先へと進んだ。
「ついてきて。」
その時は彼の事をせいぜい同じ歳ぐらいだろう、もしかしたら年下かもしれないと思ったのだが、実のところすでに大学も卒業しており今年で24にもなると言う。
「嘘でしょう。」
その夜父親からいきさつを聞いた彼女は、隠す事無く呆れた顔でそう答えていた。
 大卒で、しかも修士課程を修了し、この春から企業就職が決まっていたにもかかわらず
「いやぁ〜やりたい事があるんだよね〜。だからさ、夢かなえるのに今しかないかなって。」
就職を蹴り、語学留学に賭けるなんて。人生舐めてない?それが彼女の見解だった。アメリカの大学に行ったからって将来が開ける訳じゃない。地元の大学に通う彼女は現実と言うものが分かっていた。アメリカの大学っていってもピンからキリまである。アイビーリーグクラス(アメリカ西海岸のエリート校)じゃないと意味が無い。つまり無駄。むしろマイナス。夢が叶うどころか、むしろ中途半端な高学歴は就職難を招く時代なのだ。見た目軽そうだけどそれ以上にお目出度いかもって。
「彼の実家がこの前の地震で被害に遭ってね。」
父親は岩手の地名を口にした。
「彼は私の親友の息子さんなんだよ。」
つまり古い付き合いで、今更の様に彼女の父親に助けを求めにきた、と言う事だった。
 渡米するのは7月の下旬。それまでの間彼は最上の家で暮らすと言う。
「よろしくね、七緒ちゃん。」
彼はにっこり微笑んで握手の手さえ差し出した。喜んでいたのは彼を見込みのある好青年と呼ぶ父親だけ。
「まぁ、なんだ。これから夏にかけてボディガードだと思ってもらえたらどうだ。」
あと4ヶ月。何となく彼とは合わない、そう感じながらその期間をどうやり過ごそうか、七緒は何となく憂鬱な気持ちになっていた。
 裏の敷地では育ちを速めた青竹が、音も無く静かにその背を宙へと突き上げていた。

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何も聞かないで・・・・・

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by hirose_na | 2008-07-02 00:08 | 恋愛小説