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恋愛小説 クリスマスの悪夢 15 R15

15      プレゼント

「有り得ない。」
即答で彼女は答えていた。



「早っ!」
その雰囲気を丸無視した物言いに彼は目を丸くした。そんな彼の姿を亜莉沙は軽く笑い
「だって今は違う人のこと好きだから。」
当然の事の様に言った。彼は肩をすくめほんの少しのためらいを見せた後
「だってお前、あいつとつき合い始めた時、どうだった?あいつの事本当に好きだった?」
痛い所を突かれ亜莉沙はうつむきそうになる自分を堪えた。
「だから、じゃない?同じ失敗したくないし。」
「俺は、俺は亜莉沙に同じ失敗して欲しいと思ってる。」
二人はしっかりと視線をかわしていた。
「狡い言い分かもしれないけど、お前が惰性で俺とつき合い始めて情にほだされて俺の事好きになってくれれば良いなって思ってる。」
強い口調の彼を目の前に彼女はふにゃっと笑った。
「でもね、決定的な違いが有るから。」
と。
「駿とつき合う前、私はいっちぃの事心から振り払いたいって思ってた。でもね、こうやって別れたあとでも駿の事はそういう風に思わないんだよね。いっちぃでも誰でも、新しい彼を見つけて駿の事を忘れたいって思わないし、むしろ今の自分の気持ち、大事にしいかな。だから無理だよ。」
その落ち着いた口調に彼は
「はあっ。」
ため息をついた。
「俺の事、絶対に振る?」
「確定。」
「俺の両親が悲しんでも?」
あははと彼女は笑った。
「なによそれ。」
「だってさ〜俺の親、いつも
“亜莉沙ちゃんが娘だったらな〜”
って言うんだぜ。」
「泣き落としは通じません。」
そのやり取りはつい数分前までの緊張とはまるで違い、二人は幼馴染に戻った様だった。
「じゃぁさ、じゃさぁ。俺の事振る代わりに1つだけ願い事聞いてよ。」
それは彼が買ったケーキを亜莉沙が持って、駅のロータリーを一周してから別々に帰るという話し。
「変なの。」
彼女はケーキを受け取りながら呟いた。
「良いじゃん。その代わりそのケーキお前にやるからさ。嫌だったら俺とつき合え。」
いっちぃにそう言われ二人は向きを変えて駅前の方向へと歩き出した。
 駅前に向かう人達はまだ多く、ロータリーの周りはにぎわっていた。一応ここはまだクリスマスらしい。一角では露天のお兄さんがアクセサリーを売り、一角では電子ピアノで歌う人がいて。その音の波の中で彼女は聞き覚えのあるギターの音色を聞いた。彼のギターはある一定のコードで少しずれ、
『それが俺の持ち味なの。』
そう言いながらなんとかその癖を直そうとしていた事を彼女は覚えている。まさかそんな事はないだろうと思いながらこっそり隣りにいるいっちぃに目を向けると、彼は素知らぬ顔で歩き、その音のする方向へと進んでいった。いくつかの輪が重なった様な人だかりの奥から
「君が嫌い♪」
耳に馴染んだ声が聞こえ、思わず立ち止まりそうになる。いっちぃは
「どうした?」
そう言いながら歩くスピードを極端に緩めた。
「君が嫌い♪」
むしろ彼女は早くこの場を立ち去りたいのに、彼はそんな彼女の手を掴み立ち止まらせた。
「最後くらい一緒に歩こう。」
二人の間に沈黙が流れ、その隙間を駿の声が埋める。悲しい失恋の曲。
「あっ。」
それなのに彼女は最後のフレーズに思わずぴくんと体を震わせた。いっちぃは
“やっと気がついたか”
の表情で彼女を掴んでいた手を放した。亜莉沙はその事にも気がつかず駿の声に聞き入っていた。

君が嫌い、君が嫌い。
君の声の聞こえる方向を探す自分はもっと嫌い。
君無しじゃいられない僕。
君が嫌い、君が嫌い。
君を嫌う事でしか愛せない自分はもっと嫌い。
君無しじゃいられない僕。

人影の隙間から二人の視線が合う。駿は亜莉沙の姿を動揺するではなく受け止め演奏を続け、やがて拍手の中で曲が終わった。彼女はそこから立ち去る事も出来ず訳もなく彼を待とうと思った。もうすでにいっちぃの姿はなかった。
「それじゃぁ今晩はこれで。2月14日、よろしくお願いします。」
彼は頭を下げた後、声をかけて来た数人の女の子達と何か話しをしながら緩慢な仕草でギターを仕舞った。その様子を見ながら彼女は歌詞を聞き違えてしまったのかと戸惑った。それでも時々彼が投げかける視線の断片が彼女を引き止める。
“今逃げたら一生後悔してしまいそうだ。”
と。そして彼は真っ直ぐに亜莉沙の元へと歩いて来た。
「寒いね。」
読めない表情で、そう。それからギターを持っていない左手の肘を彼女の近くまですっと寄せ、何とも言えない表情で亜莉沙を見下ろした。
「寒いね。」
彼女はひっそりと深呼吸しながらその袖をぎゅっと掴んだ。
「本当に、寒かったよ。」
二人は無言で歩き始めた。どこに行こうとか言うあても無く、ただゆっくりと。彼女の体がほんの少し彼にすり寄り、それを受けた彼の手が亜莉沙の掌を探りあて、両の手のひらが合う様に繋がれて。二人の手は互いに冷たく、それでいて二人とも奇妙な満足感を覚えていた。
 不意に彼は
「ねぇ、亜莉沙。」
前を見たままで話しかけて来た。
「ん?」
自然に彼女は甘える仕草で彼を見上げる。
「俺で良いの?俺、お前の事振ったんだよ?そんな男でも亜莉沙は平気なの?」
彼女は繋いでいる彼の手が少しつづ暖かくなっている事を感じながら
「うん。」
小さく微笑んで答えた。
「振られても私が駿の事好きだって気持ちに変わりはないから。」
彼はそれに答えはしなかったけれどその手はぎゅっと彼女を握りしめ、
「私、駿の事今でも愛してるから。」
彼女は自信を持ってそう言えた。
「もし駿が私の事もう一度彼女にしてくれるって言うんだったら、迷う事ないと思う。」
堂々巡りで歩きながら二人は再びロータリーに戻って来ていた。点滅するイルミネーション、月明かり、光を照らすオーナメントボール。
「今日ってまだクリスマスだっけ?」
不意に彼が立ち止まり
「神様にありがとうって言わないと。あっ、サンタさんかな?誰でも良いけど、ありがとうだ。」
そしてここに来てようやく嬉しさが込み上げて来て
「亜莉沙をもらった。」
満面の笑顔を見せた。彼は彼女と別れて以来久しぶりに心から喜んでいる、そう言う気がした。
「亜莉沙にひどい事言ったけど、でもやっぱり俺、亜莉沙が好き。亜莉沙じゃないと駄目だ。」
ざわめく人波の中の
「亜莉沙は一生に一度の最高のプレゼントだ。」
の声は彼女の胸に真っ直ぐに響いた。
「返品・交換はしないでね。」
彼は亜莉沙の自分を曲げずにそれでいて他人には寛大な所が好きだった。だから彼女のそんな笑い顔が好きだった。
「俺からも一つプレゼントしていい?」
それは彼女へのプレゼントというより
“二人で喜びを分かち合えたら良いなぁ”
という気持ちだったのだけれど。
「デビューが決まった。」
駿はさらりと口にした。
「えっ?」
風の噂でれいのプロデューサーからは契約を取れなかったと聞いていたのだ。
「“君が嫌い”って曲でバレンタインの日にソロデビュー、決定した。全部亜莉沙のおかげ。」
嘘じゃない。彼女を失った自分の愚行に腹が立ち、そのくせ
“やり直そう”
を切り出して断られる事怖さに臆病になっていた自分が産み出した曲だったから。
「おめでとう。」
それは彼が一番聞きたかった言葉。
「駿だったら出来ると思ってた。」
それから
「ありがとう。亜莉沙にそう言ってもらえるのが一番嬉しい。」
もしかしたら彼女が一番聞きたいと願っていたかもしれない言葉。
「やっと、クリスマスだ。」
駿は朗らかな声で笑った。
「ねぇ亜莉沙。嬉しい事が有って、それを一緒に喜んでくれる人がいる事がこれほど大切だって思い知らされた事なかった。君を見返してやりたい気持ちも有った。でも
“この曲で”
ってデビュー決まっても全然嬉しくなくって、あれほど望んでいた事だったはずなのに
“こんなものか”
って流せてしまって。俺、今まで何やってたんだろうって。一人で躍起になって馬鹿見たいじゃんって。でも今は違う。君がいる。」
彼は亜莉沙の肩をそっと抱きかかえ、再び歩き出した。
「帰ろう。」
「うん。」
二人の手がもう一度絡み合い、鼻先でかわすキスをする。
「君が好き。」
「私も、駿が好き。」
 それはクリスマスの夜の事。少し長かった悪夢のお話。でも大丈夫。こんな夜には必ず救いの手が現れて、その悪い夢を素敵な現実に変えてくれるから。



             おしまい


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 * あとがき * 

滑り込み!!
本日中の更新です!!

もうすっかりクリスマス気分は抜けているのに私は何やってんだろう、
ですが、最終話。

原案ではラストいっちぃがさらっていく予定でした。でもでもでも。
なぜか私の中の亜莉沙ちゃんが
「嫌!」
って言ったんです。なぜでしょう???
でもって基本的にキャラが可愛いので、
亜莉沙ちゃんが選んだ方の結末を選ばせて頂きました。

いつも私が書く女の子はキャラ濃い目の子が多い気がするのですが、
今回は
“いっちぃの事が好きだった”
伏線を隠すため、あえて前半では性格を控えめに出しています。
ですから後半で彼女の性格が出て来た所で
『あれ?』
って思われた読者様もいるんじゃないかな〜と思い、
申し訳ない様な、それでいて
「良いじゃ、作者下手だし〜、成り行きで書いてるし〜」
みたいな所有りました。

ところで、あれれ??
「一生に一度の最高のプレゼントだ。」
って誰かさんも言っていた様な・・・・。
む〜。
こういうセリフって作者の趣味がもろに反映されますね。

という事で、今度
兄貴視点の番外編(いきなり話しが飛んでます)アップします。



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by hirose_na | 2008-12-29 23:58 | 恋愛小説