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恋愛小説 クリスマスの悪夢 1 R15

1   12月24日 8:00PM

 こっそりと。亜莉沙(ありさ)はキャスケットを少し深めに被り直し、誰にもバレずに忍び込めたと油断した。髪型も違うし、いつもの服装でもない。顔見知りだったチケット係の人も、案内の人もみんな彼女に気がつかない。



ここは地下のライブハウス。程よい熱気と盛り上がり。全員今晩の公演を楽しみにしているのが手に取る様に分かる宵の口。ワンドリンクチケットと引き換えに水っぽいドリンクを受け取り一口啜ってこぼさない高さにしてから、ステージからは一番目立たないはずの場所へと移動した。と、その時
「あれ?亜莉沙ちゃん?」
男の声が彼女を呼び止めた。
「あっ。」
って誤摩化し、顔を隠す様に持っていたグラスを持ち上げ逃げようとしたのだが、
「あいかわらずシンデレラ?」
なんて、彼女の飲んでいるノンアルコールドリンクを言い当ててくれたから思わず足が止まりもう逃げ用が無くて
「あっはい。お久しぶりです。荒川さん。」
なんて答えた。
「本当にお久しぶりだよ。そう言えば亜莉沙ちゃん、駿と分かれたんだって?」
駿というのは今晩のメインバンド、ケンタウロスのボーカルの事だった。
「もったいない。あいつと別れたからって何も遠慮して見に来なくならなくてもいいのに。」
なんて言い出した。
「みんな寂しがってるから。駿だけの亜莉沙ちゃんじゃないんだから。」
彼はそう言うと彼女の腕をつかんでずんずん歩き出した。
「あっ、いやちょっと・・・・。」
抗おうとするものの
「大丈夫♪」
彼はまったく気にする様子も無く彼女を引きずった。
「あいつはあいつで上手い事やってるから。」
最悪なクリスマスになりそうだった。

 それは丁度1年前の今日の話しだった。その夜もライブが有り、打ち上げと称しみんなで飲んでいた。ケンタウロスのメンバーは5人。大学1年の時に知り合い意気投合しそれ以来3年も一緒に活動を続けていた仲間達だった。不思議な事に全員の名前が
“馬”
にちなんだものだったのが事の始まり。そして亜莉沙はその中の一人、
“いっちぃ”
こと一騎の幼馴染で、ほぼ雑用係としてこき使われている身の上だった。彼女は何気なく彼らにとけ込んでいて、その存在は空気の様。もちろん、いっちぃに引きずり込まれて始めた事とはいえ、亜梨沙は彼らの音楽を最高に好きだった。ある意味マジでハマッてて、彼らもそれを感じてたから亜莉沙を頼りにしていた、そんな所。
 当然の事だが、彼らはよくモテた。ルックスもそこそこ。いや、標準以上というのが正解で、音楽のセンスは抜群に良かったから。だからこそトラブル防止の為に
“同伴彼女は1人まで”
という何だか分からないルールまで有った。そう、女の子達が喧嘩をしない様に、である。でも亜莉沙だけは例外で、いつだって楽屋裏や打ち上げに出入りしていた。だからその夜もキレイどころの女の子達の中に、長い三つ編みにジーンズと言う野暮ったい姿の彼女が紛れ込んでいた。でもその夜はいつもの飲み会とは違っていて、行きつけのお店の片隅で
「女って、うぜっ!」
駿が切れていた。なにしろこの前までつき合ってた彼女が妊娠騒ぎを起こしたからだ。その怒りっぷりに他のメンバーも同調してしまい、女の子達全員に
「今日そんな気分じゃないから帰ってくんない?」
と言い出すほどに荒れていた。結局彼らはその場しのぎの恋人達より仲間の方が大切だった。だから当然亜莉紗も帰ろうと立ち上がったのだが
「お前は良いよ。」
それをいっちぃが止め全員が頷いた。化粧っ気の無い顔にマニキュアもしない丸い爪。誰一人として彼女に負けるなんて思っていなかったから
「え〜!」
の声がこだまし
「うるせぇ!」
駿の一括でみんなが黙った。
“ライバル”
そう、亜莉紗自身がそう思って欲しくないと思っていた事だったから。彼の側に居たいから。彼が一番大事にしてるのが音楽だって知ってたから。ウザがられたらもうお終いだって感じてたから、気持ちを隠してここに居た。彼の隣りにどんな可愛い女の子が座ってても平気な顔して、笑って、そのくせ彼の好きなおにぎりを差し入れしたり、レモンの蜂蜜漬けなんか作ったりして、バンドのバックアップって顔して彼女なりに気を引いていたつもりだった。だから
「駿ちゃん、落ち着いてよ。」
彼女は友達同士がする様にポンポンと彼の頭を叩いた。ケンタウロス達が暴走しない様に。彼らの音楽が壊れない様に。
「飲み過ぎだよ。」
って、まるでおねぇさんみたいに彼をなだめた。すると突然その細い手を彼がつかみ
「俺ってさぁ。」
彼は泣き出しそうな声で言った。
「そんな、いい加減な男に見える?まさか、避妊しないでえっちする?んな、しないよ、普通。」
「あ、うん。しないって思えるよ。」
彼らは遊んでいるだけだと思われがちだけど、根は真面目だって彼女は信じていた。それが彼らの音に現れているって感じてた。
「駿ちゃん、そう言う人間じゃなよ。自分だけ良ければそれで良いなんて、そんな男じゃないって私は知ってる。」
何しろ彼が女の子を妊娠させむりやり堕ろさせた、という噂がキャンパスにさえ出回っていたのだ。
「駿ちゃん、恨まれたんだよ。」
本心からそう思うから。
「駿ちゃん才能も有っていい男だから。彼女さん捨てちゃったのはどうかと思うけど、でもそう言う事だと思う。彼女さん、駿ちゃんの事本気で好きだったからこうなっちゃったんだよ、ね?好きすぎて訳分かんなくなって。だからおかしくなったんだよ。彼女には彼女なりの言い分があるからさ。もちろん、あの人がやった事はひどいと思うし、でも駿ちゃんを知ってる人間は絶対駿ちゃん、そんな人間じゃないって分かってるよ。」
そう言って彼女はメンバー全員の顔を見た。力強く頷くその様子に
「本当にそう思う?」
いつもの彼らしくない弱々しい声が聞いた。
「私はそう思うよ。」
だからもう一度、彼女は優しく彼の頭を撫でた。
「亜莉沙ちゃんがそう言ってくれるんだったら、信じられるかな。」
彼は落ち着きを取り戻し、握っていた手を緩めた。
「でも今度はもう少し良い女の子捕まえなよ。」
空気がほんの少し弛む。
「そうだね。」
不意に駿は持ち前の艶のある声でおどける様に付け加えた。
「亜莉沙ちゃんみたいな女の子って事ね。」
って。一瞬何を言われているのか分からず、彼女は目を丸くした。
「駄目だよ、駿。亜莉沙マジ信じちゃうから。」
それをいっちぃが笑い飛ばす。釣られてみんなが笑い出し、駿さえもが苦笑いをした。
「そっか〜。」
なんて。そのくせ彼女の腰をひょいとつかんで膝に乗せたかと思うと、
「それも有りだよね。」
にかっと笑った。悪ふざけも程々にして欲しいと彼女は思った。それでも駿が元気を取り戻せるならそれでもいいのかもってのが本心で。そこに
「はい、駿の話しはお終い。ほら、せっかくのクリスマス、シャンペンでしょう、シャンペン!」
マネージャーの荒川さんのかけ声かかり、みんなが動き出した。
「そうだよ、クリスマスだよ。」
いっちぃがその一本を取り上げ大きく振った。
「メリークリスマスじゃん?」
なんて。それはこのいざこざの負の空気の反動で。
「今晩は弾けるか!?」
和馬がでかい声を出す。
「メリークリスマス!」
「俺たちの夜に!」
勢い良く飛び出したコルクに笑い声。一転し吹っ切れたメンバー達。そして夜は更ける。不思議な事に駿は側に引き寄せた亜莉沙をひとときも手放す気が起きなかった。



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目標!!
クリスマスまでには書き上げる!
あくまで、目標。

by hirose_na | 2008-12-14 15:15 | 恋愛小説