恋愛小説 ジンクス“7年目” 9

第九話 冷たい空気

こっちは肩振るわせて怒ってんのに、肝心の佐々木君はあっけにとられた顔しているし。それって無いんじゃない?




あんた、当事者だよ?怒られてんだよ?でもって別れたいって言ってるんですけどぉ。
「昨日、正式に辞令出た。」
ふと見上げると彼の顔は笑っていて。
「8月から東京。でも直接奈保子に話したかったからさ。飛行機飛ばないし、仕方ないから新幹線乗り継いでやってきた。」
その言葉に固まった。それって、喜んでもいいの?思わず首かしげ、そこを抱きしめられて、彼の顎がこんって頭のてっぺんに当たった。彼の体は無茶苦茶冷たい。
「だからさ、ずっと近くに住めるから。なぁ、俺が謝ればいいんだろ?そうすれば前言撤回するんだよな?」
その言葉を
『そんな都合のいい事ってあるの?』
って聞いた。本当はさ、素直に受け入れるってのが吉なんだろうけど、所がどっこい。私の中にはづっとくすぶってた感情って言うのが有ってね。何だかまたしても怒りが湧いてきた。佐々木君は本当に私の事が好きなの?
“好きだから”
私と別れたくないの?それとも惰性?それでもって・・・・その先は?これからも決定打が無いままだらだらつき合う訳?こう見えてもね、誤摩化されないよ。長い間我慢してたんだから。彼が
“結婚”
を口にしてない事、気づいてんだからね。東京に戻って来たって言っても、結局今までみたいに適当に距離おいてつき合うっての目に見えてるじゃん。でもって、肝心な事はこれからもはぐらかして。私27。コレから佐々木君と何年かまたつき合って、なんかの拍子に破綻して、もしも別れたとして、それからまた他の人と出会って、期間が有って・・・・ようやっと身を固めようって暁には。ばばぁになってるよ。今は35の自分を想像なんかしたくない。だから私の事を優先しているフリして責任回避しようって態度がもう限界。
「奈保子、聞いてる?」
「聞いてる。」
男の時間と女の時間は違うから。ここで一気に乗り換えた方が自分には徳だって知ってる。
「でね。」
潮時。
「別れよう。」
彼は黙り込み、その腕の力を強めた。ずぶ濡れの彼の所為であたしの体も冷え始めてて。
「もう待つのには飽きたから。結局これからもだらだらつき合おうって感じなんでしょう?それだとさ、佐々木君が福岡いても東京にいても状況的に変わらないって気がするんだよね。」
今日の私は本音で行くよ。
「今のあたし達の問題は距離って事だけじゃないって、そう思うんだ。」
彼の体が固まった。
「心がさ、離れてるんだよ。多分私たち、もう想いあっていない気がする。」
すると彼は私からゆっくりと体を離し
「奈保子がそれを言うの?」
って言った。とっても悲しい目をしていた。
 彼はそれからくしゃみをした。小さいのを何回も。
「くしゅん、くしゅん、くしゅん。」
そのスーツの濡れっぷりが凄くって、思わず
「どこから?」
冷えた空気の中でそう聞いた。
「あの、凄く濡れてるから。」
それから言いよどみ。二人の間にはっきりと溝が出来ていた。
「東京出て、乗り換えで大手町まで移動して、根津駅から走った。」
その言葉の意味なんかもうどうでも良かった。
「お疲れさん。」
同情はするけど勘弁して欲しい。まるで私と会える事を楽しみにでもしていた様な言い方に、これ以上振り回さないでって思う。肩を落とした彼は
「寒いからさ、お茶1杯だけもらえないかな。それ飲む間だけ、俺の話し、聞いて欲しいし。」
って呟いた。
「うん、分かった。」
今のあたし達は穏やか。この前ラジオで言ってたけど、今時の別れは
『じゃぁ、ね。』
なんだってね。お互いキレイに別れるのが主流らしい。こう見えてあたし達は
“今時”
らしい。妙に可哀相になって来て
「服だけ、着替えて行けば。」
っていっちゃった。彼の足下にはボストンバックが有って、多分今夜は私の所に泊まるつもりだったんだなって思えた。
「あ、うん。そうさせてもらうよ。」
「どうぞ。」
そう言いながら私は彼に背を向けコンロにやかんをかけた。
 バスルームを使う彼、自分じゃ滅多に飲まない超高級な紅茶。それからいつも二人で使っていたカップを取り出し
「これは嫌だな。」
って止めた。買ったのは貧乏だった学生の頃。安物だけど手に持った感じがちょうど良くて。でも私には少し大きすぎるから、彼と一緒にお茶するときだけ使ってた。ずっと大切にしていたつもりだった。今はこれ、見たくない。
「こっちにしよう。」
この前友達の披露宴でもらったペアのウエッジウッディがあったから。良いでしょう?最後だし。これって当てつけだね。

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 HON なび
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遠恋独特の距離感ってないですか?
離れている間、ずっと気持ちが続くかと言うとそうじゃないし。
反対に気持ちが強くなったりして。
それに見えなくなってしまった相手の事をどう思い続けていけば良いのか。
単純そうで色々な選択肢がある気がします。
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by hirose_na | 2008-11-12 09:00 | 恋愛小説