恋愛小説 天ノ川 向コウ岸 2

2    ロマンチスト

 平日は大学へ通う身の上の七緒が日中彼と会う事はほとんど無く、見かけるとすれば夕暮れ時に耳にヘッドホンをつけたまま、そこらの川岸や土手を歩いている姿だったりした。たまには老人が連れている仔犬達と戯れていたり、子供達と一緒になってゲイラカイトを揚げて空を仰いでいたり。



そののんびりとした姿に
「なんだかなぁ。」
彼女は苦笑した。3回生に上がり専門性が増す中で自分はこんなにレポートに必死で、毎日机にかじりつきっぱなしだと言うのに。彼にはがつがつしている所がまるで無い。染めたらしい長めの髪もまるで青春を謳歌しているかの様に西日を浴びて照り輝き、忌々しかった。
「嫌になる。」
七緒はそんな彼を尻目に自宅へ向かう自転車のペダルのトルクに力を込めた。声をかけようなんて思いもよらず。中学の頃から愛用しているその車体がまるで彼女を笑うかの様にぎこぎこと軋んでいた。
 そんな彼女を、振り返える肩越しに見つめている視線に気づきもせずに。

 最上の家では食事は家政婦さんが作っていた。家事も然り。母親は数年前に他界し、もともと広い家には親子二人しか住んでおらず、片や会社の社長で、片や学生。必然的に昔から来てもらっている奉公人的な家政婦さんが身の回りの世話をする事になる。
 彼はそんな彼女の手伝いまでしていた。時にエプロンをつけ
「日本の伝統料理をマスターする。」
等と言って揚げ出し豆腐や筍御飯を作っては食卓に並べていたりしていた。
 そんなある日の事、出かけていていつもより帰りの遅くなった彼は、元々夕食の遅い七緒と一緒にテーブルに着いていた。父親は外で食べてくるのが常で、いつもそれぞれが独りの食卓だった。そして案の定しゃべるのは彼だけで。
「このおひたし、美味い?昨日僕が作っておいたんだけど。」
「ゴールデンウイーク近づくと急に暑くなって衣替えって感じだよね。」
「満月の前後って太りやすいって知ってた?」
次から次へとどこから出てくるのかと思うほど話題が途切れず、自分が男みたいだったらこいつは女だと七緒は思った。挙げ句に
「そうそう、月と言えば、知ってる?かぐや姫の伝説ね。本当は時の御門が想い人を隠したって話し。彼女は逆臣の血を引く流れで正統には妃になれないから、そこで伝説をでっち上げた訳だ。天上人って。そうすれば彼女の血筋は変わるでしょ?その為に御門は3年間、彼女の素性が人間じゃないって人々が思い込むまでじっと耐えていた訳だ。」
「そんなの、始めて聞いたわ。」
彼女はしゃべりながらも箸の止まらない彼の器用さに半ば呆れながら答えていた。
「だって、僕が考えたんだもん。」
彼の目はさも楽しそうに笑っていて、自分の作り話をいかにも信じているという風情だった。何が
『知っている?』
よと、彼女は胸の内で毒づいた。そんな事、彼以外知っているはず無いじゃないの、と。そんな七緒の眉間のしわを彼は読んでいた。
「だってさぁ、つじつま合うでしょ?彼女がいきなりおっきくなっちゃう事とかさ、義理の父さんと母さんが急に金持ちになっちゃうとことかさ。彼女は最初っから大きくって、お金も御門が出したって考えれば、もの凄い、リアル。」
「いわれてみれば、そうだけど。」
単語の切り返しで会話の続かない二人だと言うのに、彼はその先をつなごうとした。
「ロマンティックだとは思わないの?」
男の口から出る言葉だと思えず、彼女は箸を下げていた。
「ロマンティック?」
「そう、ロマンティック。彼女の事、凄く愛していたんだと思うよ。」
それからひょいと体を乗り出し、力説を始めた。
「御門はさ、どうしてもその人と一緒になりたかった訳。彼女の方も憎からず思っててさ。その当時は忌みごとに五月蝿いだろう?だから二人は泣く泣く別れるんだ。でも御門はそんなに簡単に諦められやしない。でさ、彼女の乳母とかを上手い事丸め込んで一大“かぐや姫伝説”を打ち立てる訳。どう?」
身振りまで始まった彼に呆れつつ、その中途半端にありそうな話しに彼女は引き込まれていた。
「姫君をこっそり乳母の住んでいる竹林の外れに移して。それから竹やぶの中から金が出てきたとかでっち上げて、人を集めて。お金の出所は何やら人の手の届かない高貴な所らしい、しかも見目麗しい姫君が来てからだ、となれば迷信深い時代だから彼女の事を天上人だって思い込んでくれるのに訳ないだろし。それから天界の人って事にすれば彼女がいくら贅沢に装っても何の違和感も無いし。一般人は迂闊に手出しも出来やしない。御門にしてみれば一石二鳥。彼女をかくまいながら、偽の履歴書作り上げて公家でも手の届かない存在までのし上げたんだから。それに金持ちの求婚者をことごとく振ったのもそう。だって最初から御門がいるんだから。浮気なんかする気にならないって。彼女は時が経つまでじっと彼が迎えにきてくれるのを待ってたんだよなぁ。」
その、いかにも納得、と言った表情に彼女は半ば呆れると同時に、男の方が以外とロマンチストだと話す友人達の話しを、ああこれなのかという思いで聞いていた。
 その夜以来、彼は夕ご飯を七緒と一緒にとる事を好んだ。
「冷めたら不味いから。先食べててよ。」
そういう彼女に
「独りで食べた方がもっと不味いでしょ。」
彼は笑って切り返していた。
「飯田さんは子供っぽいよね。」
大学生だってそんな女々しい事を言わないのに。
「そろそろ飯田さんは止めない?千久馬で良いよ。」
敬意を払っているかと言えばそこまでは至らないけれど、仮にも年長者。呼び捨てなんか出来ないと良い張る七緒に
「だってあっちに行ったら千久馬の名前で呼ばれるし。今から慣れておいて損は無いでしょう?」
敵わない、彼女は笑いながら首を横に振っていた。
 千久馬が進む大学は西海岸。どこかで聞いた事のある州立大のビジネススクールだという。
「凄いじゃん。」
彼女はとりあえず褒めてみた。
「七緒は公認会計士目指してるんだろう?そっちの方が凄いじゃん。」
彼はそんな事を言いながら彼女の言葉を嬉しいと受け止める。
 専攻はイノベーション・マネージメント。彼は将来のビジネスチャンスについて彼女には聞いた事の無い言葉で説明をし、それについてはよく分らなかった。
「これでもバイトしているんだよ。英語の家庭教師。勉強教えるフリして、自分が復習してたりしてさ。」
案の定家庭教師。肉体労働ではない所が彼らしいと七緒は思った。
 こんな感じで日増しに彼についての知識が彼女の中で増えていく。それは単細胞生物みたいに分裂し、その内側に支配の触手をのばす。七緒は次第にその感触を
「嫌だ。」
そう感じていた。
 胸の奥で沸々と沸き起こる思いを、当たり前の女の子の様に
『これは恋だわ』
なんて普通に受け入れられる余裕がこの時の彼女には無かったのだ。
 風呂上がりに曇った鏡に映るその姿。癖の強い髪の毛は跳ね、容姿は人並み。別に自分を不細工とは思ってはいないものの、可愛いとも思えない。いわゆる普通。化粧をして身だしなみさえ整えればもう少し上に行けると踏んではいた。ただ明らかな欠点として、自然に見える作り笑いだけは出来なかった。
「致命傷。」
鏡を覗き込みながら笑う。
 彼の生き方に対する微かな侮蔑と、それでも傾こうとする気持ちと、釣り合いの取れない事への苛立と。それから、千久馬みたいに器用に生きられるんだったら楽だよね、そんなあざけりと。
 その晩の彼は滑らかな発音で、どこかで聞いた事のある英語の台詞を言っていた。
「昔から英語は得意だからさ。海外で勉強するのが夢だったんだ。」
そう語る姿はジャニーズを夢見る小学生の様に無垢で、自分は必ずなれると信じている輝きがあった。それはもしかしたら自分が無くしてしまった大切な心なのかもしれない、そう感じた瞬間、彼女の胸に針が落ちた様な気がした。
 
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by hirose_na | 2008-07-02 23:26 | 恋愛小説