恋愛小説 パーティーナイトの悪夢 2

2 A Hard Day's Night

 だいたい、土曜の早朝に電話をかけてくる馬鹿はいない。だからアラーム音を聞いた瞬間は、普通に目覚ましが鳴ったと勘違いをしても不思議ではない。しかし
『俺だよ、俺。今、———ガーーにいるんだけど』
なんていきなり耳もとで響きだすと、ハッと目が冴え渡る。って、何? と。



その上電話の向こうはうるさくて、向こうの声も聞き取りにくく。だから開口一番
「あんた一体何なの!?」
月誉野は携帯に向かって怒鳴った。時刻は5時58分。
『え〜、あ〜、俺だけど?』
の不満声に、携帯を耳から引き離し
“朝丘巧”(あさおかたくみ)
光る文字を見た。
「マジ?」
ああっ、やっちゃった。彼女がそう思うのも無理はない。でも、これから後2時間2分寝ている予定が狂ったんだから、これくらいのヘマは大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、もつれた髪をガシガシと梳いた。
「社長、勘弁してよ」
そう、電話の相手は彼女の会社の社長だった。
 さかのぼる事3年前、26歳の彼女は名前を聞けば誰だって知っている某有名企業に勤め、バリバリと経理をこなしていた。それをヘッドハントしたのが彼だった。と言ってもここには色々曰くがあった。
「俺さ、絶対成功する確信があるんだよね」
当時25歳だった朝丘巧は、学生時代からの友人といきなりITベンチャーを立ち上げたのだ。その発足したばかりの人手が足りない状況で、高校時代の美術部の先輩で、同じ大学に進学していた月誉野をかなり無理矢理引き抜いたのだった。当然、月誉野の親は大反対だったし、その頃結婚を意識しながら付き合っていたはずの商社マンの彼との仲は、忙しさのあまり消滅した。この成り行きに家も飛び出し、以来こうして寂しく一人暮らしをしていた。そう、近頃の、中途半端に生温くも無駄に忙しい毎日の元凶は、こいつだった。
 会社設立当時、朝丘は毎日月誉野の顔を見る度に熱っぽい瞳でこう言っていた。
「大丈夫だよ。絶対、この会社は成功するから。今に見ていなって。持ち株が100倍の値段に化けるから」
そして現在、彼の話はあながち嘘じゃなくなって、給与天引きで購入している未公開自社株の資産はうなぎ上りだった。
 しかしそれは、運が良かったからだって月誉野は思っていた。と同時に、朝丘が頭フル回転で会社を経営し、自分自身も身を削って働いてきたからだって事も分かってた。
 彼女なりに会社に貢献し、自分は十分価値のある存在だって、頭の中では分かってる。でも最近、苦しい。会社でのポジションは、雑用兼会計兼何でも屋。電球の交換から始まり、コピー機の調整や、話し合いのセッティング、会計処理まで。きっと彼女がいないとみんなが困る。でも、だからといって絶対的に大切な仕事を任されている訳ではなく、まるで“子持ちのお母さん”の様に
「まったくも〜」
と言いながら、
「あれが無い」
「これが無い」
騒ぐスタッフをなだめ、落ちつかせ、先回りしてサポートする。
 そんな雑用ばかりの毎日を
『うんざりだ』
そう思いながら、そのくせどこか同じ事が繰り返される毎日に安心している所があった。
その上、忙しさを理由におしゃれをサボって、メイクも手抜きになっていている事も十分自覚してもいた。
 つい数年前までは気合い入れてお手入れしていた艶髪も、この3ヶ月はカットもされず伸ばしっぱなし。仕方が無いからクリップで留めて誤魔化してはいたものの、それも毎日使われ過ぎ、金具が怪しくなってきていた。洋服だって三日をローテーションに一週間ぐーるぐる。買に行く気力は、ショップに入るまで保たない。化粧だって同じ。ファンデは お手軽なBBムース 一塗りで済ませ、フェイスパウダーは使わない。とりあえず眉だけは 今っぽくヌケ感作って、 リップクリームみたいなグロス 塗って。睫毛は オールインワンな感じの手頃なマスカラ をちゃちゃっと塗って、はい、お終い。基本五分以内で完成するそのメイクを
「まるで20代の女の子って感じで、可愛いです」
なんて真顔で褒められて、これでも一応本当に20代だから、と答えたくなる気持ちを押し隠し
「ありがとう〜。これで結構、お肌には自信あるんだ〜」
なんて笑顔で返す今日この頃。自分が女の服を着た男の様な気分だ。
 その一方、あか抜けなかった“オタクな後輩”現社長は、いつしか若手社長としてぐんぐん急成長。分厚かった眼鏡はなりを潜め、今ではイケてる眼鏡男子。ちょいぽちゃだった体型は、ハードワークと節約のための通勤バイクの効果でプチガリマッチョになってしまった。身に付けているものは、
「俺、センスいまいちだし」
という理由でセレクトショップのスタッフに全部お任せで揃えてもらい、有り得ないほど完璧にコーディネートされていて、最近では雑誌やテレビにさえ露出を見せていた。
 そんな社長が電話の向こうで叫んでいた。
『これから大阪。もうすぐ新幹線出るから、送ったメール確認しておいて』
そして、切れた。通話時間は14秒。
「マジ……」
彼女は再び静けさを取り戻した携帯電話を握りしめた。
 今日はツイていない。きっと厄日だ。でも月誉野は自分に言い聞かせる。今朝はツイていないけど、夜までには悪いことも出そろって、運気も上がっているはずだ、と。
 家にあるのは、やらなければいけない家事のオンパレード。午前中は半年前に起業した友人の相談にのる約束をしていて、夕方は頑張ってパーティーだ。
 社長からのメールは、今から会う取引先の交友関係に共通の知人がいる事が分かったから、その人にコンタクトをとって状況確認して欲しいというものだった。彼女は幸せが逃げると分かっていて、ため息をついた。きっとこの指令はこういう事なのだ。
『九時から始まるミーティングに間に合う様に、休日の朝に知人を叩き起こして、必要な資料を片っ端から集めて送る様に』
と。
 彼の言葉の意図が分かる自分が恨めしいし、なんだかんだ言って、まるで演歌テイストで仕事に尽くしてしまう自分を馬鹿だと思う。しかもきっと、話し合いが終わった後も、あれやこれやと指令が舞い込むのだ。
 歯磨きもしないまま、彼女はキーボードに立ち向かう。
 スーパー早起き企業戦士の知り合いにメールを送信、カチカチカチ。
“今電話してもいいよ”
の素早い返信に、とりあえずトイレを済ませてから
「ご免ね〜」
って電話する。
 本日も多忙なり。
 進藤ちゃんからの
『何着て行くか決めました?』
のメール、無視できない。カチカチカチ。
『決めて無い!!!』
慌ててクローゼットを漁り、適当な服の写真を送信
『どれがいいと思う?』
もちろん、靴はいつものブラックパンプス以外合わせるものは無い。朝ご飯はチンして作ったミルクティー。
 社長からの催促の電話。
『今タクシーで移動中。多分10分は時間あるから』
これは
“10分間で結果報告をしろ”
の意味だ。 
「社長のサーバーに資料送ったんで、とりあえずそれ開いて下さい」
そして
「かくかくしかじか」
ありがとうも言われずに切られた電話と、数分後にやってきた
『じゃあ、あとでミーティングの内容送るから、月曜の朝に見れるよう起こしておいて』
のメール。
 急いで立ち上がり、パジャマにこぼしてしまったミルクティー。洗濯機の電源を入れ、三日は溜まっている洗濯物を回す。10時にはやって来る回収に間に合うよう、燃えないゴミを玄関に追い出し、そうだ、パジャマも洗わないとと、狭い廊下で服を脱ぎ始める。パンツ一丁でたった一つの部屋まで戻り、カーテンを開ける前にTシャツとスウェットパンツを着込み、たった今届いた進藤ちゃんからのメール
『どれも駄目ですぅ』
に、やっぱりかと頷いた。
              続く

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……かなり焼け糞で書いています!
お見苦しい点、お許しください!!!

それから、先日は沢山拍手をして頂いて
有り難うございました!
励みになります♡
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by hirose_na | 2011-11-08 18:48 | 恋愛小説