恋愛小説 Pain 2 R15

第二話 場末


 それから1ヶ月ほど経った11月の週末の事だ。
 笹川さんはとにかくマイペースな上にタフで、その夜も打ち上げと称しついに3次会に突入し、とうてい45歳とは思えないペースで繁華街を練り歩いた。



本当は行きつけのホストクラブに向かいたかったらしいが、男3・女1でそれは勘弁と俺たち3人は抗議した。挙げ句に入り込んだのが見るからにヤバそうな店で案の定ぼっくられるとは。いやはや。さすが財閥系のお嬢様は違うなぁと思う。その上、ぼったくられた店を訴えてやると息巻いて交番まで来てしまった。しかも、楽しそうに。
 その明け方の交番の片隅で、拾われてきたネコの様に眠っている勇利を見つけた。見間違えるはずは無い。基をほんの少し小さくした様な恵まれた体型がパイプ椅子の上で丸くなっていた。きれいな弧を描いた眉毛。二重の瞼は閉じていて、時々ぴくぴくと動く。少し大きめの唇に、小さな笑いが浮かんだ。何やら平和そうに寝ているようだ。もちろんなぜこんな所にいるのかと疑問がわく。すると、補導された、身元を言わない、とりあえず無害そうだから朝までここにいさせようか、と言う図式が嫌でもできて来る。視線に気づいたのか、何気なく開いた瞳と目が合った。そして何事もなかったようにまた寝入る勇利。もしやこいつ、顔はきれいだけど根は性悪なトラブルメーカー?などと思いつつ、弟の親友だからなんとかしなければいけないとも思える。正直厄介だ。俺は義務感にかられてその腕をつかんだ。すると、
「えっ?」
ってなんだよ、その緊張感の無い反応は。お前らインターハイ目指してんじゃなかったのか。こんな所で箱詰めされているんじゃない。それに仮にも名門校。補導がばれたら部の活動停止だってありうる。俺は興味深げな同僚を無理矢理帰した後、仕方なしにそこに勤めていた巡査を相手にする事にした。

 ため息を殺し勇利を知り合いだと話す。名刺まで取り出しこっちは身元が確かだからできたらこの子を引き取りたいなあ、なんて匂わせた。するとあろう事かその巡査は俺の名刺をこの少年に見せるではないか。まるでお友達の感覚で。その上勇利は
「なんだよ、基の兄貴かよ。」
などと寝ぼけている。もっと神妙にできないのか?俺は6年の年齢差を感じた。
 そうだ、俺が中学に入る頃、基は小学一年生だったんだ、我慢だ。と思ったその時彼の携帯が鳴った。
「はい、俺。」
待ってましたとばかりに受ける勇利は、軽く頷くと、
「じゃあ。」
と言ってまるで落とし物でも届け終わったかの様に交番を後にした。
 これはどういう事だ?俺は狐につままれた気分だった。君は補導されていたのでは無いのか?あわてて追っかけると、二日酔いモードに入りつつ有る頭が痛い。もしや俺は酔っぱらっているせいで、つじつまの合わない事をしているんだろうか。でも多分まだ正気だと自分を肯定し、説明しろとなんとか引き止めた。
 彼に連れて行かれた先は、まあ普通と言えば普通のお姉さんのつく飲み屋だった。その薄暗がりのソファに母親だと言われた女性が横になっていた。
「きれいな人だろう。」
彼は生活に疲れた40歳を少し過ぎたぐらいのその人を、うっとりした口調でそう言った。確かに20年前なら美人だったのだろう。しかし俺の目にはどう見てもそうは見えなかった。目尻の皺にはまり込んだアイシャドーに剥げて乾いた口紅。つやのない髪に少し割れたマニキュアの指先。まだ室内の薄暗がりだから見ていられるものの、日の下に行けばこの店と同じ、見るに耐えない状況だと言う事を感じていた。その人が彼の母親だとは信じられないほどに。
 勇利はそんな彼女をそっと引き起こし、口に水を含ませた。母親の方は唸りながら少し飲んだだけで起きている事を放棄し、再びソファに横たわってしまった。どっちが母親かなんて分かりゃしない。その慣れた手つきにこの子はどんな人生を送ってきたんだろうと疑問が沸き上がる。
 彼は仕事で酔いつぶれた母親の迎えにくる事、そのため時間まで交番で暇つぶしをしている事、その明け方に店の掃除をするバイトをしている事を何の感慨もなく淡々と話した。
 でも不意に彼は今見ている事を基には話すなと言った。その表情は読めなかった。だからその理由を俺はあえて聞いた。夜の商売をしている母親の存在が基や友達にばれるのが怖いのか。その事で基に馬鹿にされると思うからか?軽蔑されると思うからか?君たちの関係はそんなに希薄なものなのか?そんなニュアンスで。
 同情されるのは辛い。彼は呟いた。静かな湖面に小さな石を投げ込むかのようにぽつりと。
 彼はリアリストだった。
 勇利は基を信頼し、こんな事で二人の友情は壊れないと信じていた。現に母親が水商売をしている事は知っていると言う。しかし対等でいたい為に、同情は欲しくないのだ。
 軽蔑ならば簡単だ。その人間と距離を置きさえすればいい。しかし同情はたちが悪い。優しさに見えてその実、他意の無い悪意が有るから。時としてそれは偽善の仮面をかぶる。味方の振りをして優劣を付け貶める。その事を耐えるのは辛い。その事を勇利は知っていた。

 まだ16歳の彼を悲しいくらい大人だと感じた。だから俺は知りたくなった。彼はその綺麗で快活な面の裏に、どんな顔を、どんな過去を隠していているのだろう。

 ソファを借りて横になり勇利が掃除する動きを目で追っていた。コマネズミのようによく働く勇利。今時小学生でもしない様な熱心さで店を綺麗にしていく。時折母親に向ける視線で、彼はただお店を掃除しているのではなく母親の職場を清めているのだと分る。
 明けてきた空の下、ゴミを出しに行ったドア越しに誰かと話す声が聞こえた。誰と話しても彼の声色は変わらなかった。一言で言うなら、優麗というのだろうか。思いやりが有り優しい。こんな場末だからこそ交わされるような、抑制のきいた痛みの分る人間の声だった。
 こんな子が基の友人でいてくれてよかったと思う。弟は実に単純で、子供っぽく、一つの事に夢中になってしまうと他の事はどうでもいいと考えてしまう傾向に有った。自分も余り変わりない性格で人の事は言えないのだが、でも彼の事を心配な事は確かで、いざという時に基の暴走を押さえるかせになってくれるのは、信頼できる同年代の友人だと思っていた。
 
 俺は少しづつ勇利の虜になっていた。彼の綺麗な心が汚れて欲しくないと思う。その為か、いつもなら他人には絶対しないと決めていた説教をぶってしまった。金で人生をやり取りするなと。試しに今までその躯を買いたいと言ってきた人間は最高でいくらつけてきたか聞いてみた。
「40萬」
彼は何も考えず答えた。その金額を本気にしなかったようだ。でも、どうだろう。出すヤツは出すんだ。目の前にポンとその金額を置かれたら?一晩でそれだ。じゃあ、一週間で?毎日稼げなくても、日増しにレートは落ちていっても、彼なら稼げるだろう。彼には魅力が有った。綺麗で、快活で。何よりも
“汚してやりたい“
と言う残忍な欲望をかき立てる無垢な心が有った。
 彼には堕ちて欲しくなかった。こんな所にいるなとは言えない。何より彼が守りたいと思う母親がここにいるのだから、他人が口出す事じゃない。でも、せめて自分が危険である事を知っていて欲しかった。そんな俺の言葉に
「ありがとう。」
彼は嬉しそうに言った。
「ありがとう。大丈夫だよ。」
勇利は魔法のように言葉を操る気がする。
「俺には大切な人がいるもん。」
自分には大切な人達がいると。その人達の為にも、自分は大丈夫だからと。それからまだ酒気の残る俺の額から鼻筋を冷えた指先でそっとなでた。
「たった今、基の兄貴も加わったぞ。」
それは甘い響きになって俺の胸に落ちていった。

       
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by hirose_na | 2009-02-01 00:17 | 恋愛小説