恋愛小説 クリスマスの悪夢 11 R15

11       過去の亡霊

 それは予期していない事だった。頭上から微かに響く女の声
「あんた一体何考えてんの?」
は遠くから聞こえているとは言え明らかに罵声で、静かな階段を揺るがせるには十分な刺激だった。




「まさかな。」
彼は眉をひそめた。
「駿だけじゃなくっていっちしにも粉かけてるって聞いたけど?」
聞き覚えの有る声、どんっと何かが壁にぶつかる音。
「嘘だろ!」
彼は自分の名前が出て来た事を不思議だと思いつつ、けれどいよいよもって亜莉沙だと確信した。全速で駆け上がる階段と複数の人の気配。
「第一あんたみたいなチンクシャ、駿には似合わないんだから」
それに続いた亜莉沙のものらしい声と
「生意気!ブスのくせに。」
廊下越しに聞こえる炸裂音。
「お前ら、何やったんだよ?」
息を切らしながら教室のドアを押し退けたいっちぃの目の前で亜莉沙の頬はみるみる赤く腫上がり、
「いっちぃ・・・。」
一番奥にいた眼鏡の子が彼の姿に口元を覆い、彼は時間が止まった錯覚を覚えた。
「いっちぃ!」
亜莉沙は突然持っていたバックを思いっきり振り回したかと思うと
「逃げるよ!」
3人の輪を払いのけ一目散に走り出した。彼の目の端で眼鏡が飛んで、
「おぅ!?」
もちろんの事だが彼女の判断に一歩遅れて彼が反応し、その脇を亜莉沙がすり抜ける。
「こっのぉ!」
目を血走らせた女の子が後を追いかけ、彼の足下に飛んで来たフレームをぐしゃりと音を立てて潰し、もう一人の子が彼を押し退けながらそれをよけて通り。彼は壊れた眼鏡を拾ってあげようと反射的に手を差し伸べかけ
「畜生!」
止めた。それからきびすを返し
「亜莉沙!!」
彼女を追った。
 格好よく彼女を助けるはずだった。でも実際は。埃っぽい階段に滑りやすい足下。もうすぐ前の二人に追いつく、そんな瞬間に
「うあっ!?」
彼は足を滑らせたのだ。ゴロゴロとまるでスローモーションの様に転がる体と大きく頭を打ちつける音。
「いっちぃ!?」
何が置きたのか誰でもすぐに分かる
「大丈夫!」
亜莉沙は迷わず引き返し階段を昇る。とくとくとく。彼の頭から滲む様に流れ出る血と、見開かれた目。瞳孔は細かく震えていて。
「救急車!」
彼女は叫びながら階段の上で唖然としている二人組を見上げた。
「何ぼーっと突っ立ってんのよ!」
亜莉沙はいっちぃの手を握った。
「聞こえる?聞こえてたらこの手握ってよ。」
彼からの反応はなく。
「そこの、真利江と光子!」
彼女達は全員亜莉沙の顔見知りだった。
「早く!携帯だしな!」
それなのに。
「あっ、あたしの所為じゃない。」
「あっあたしでも・・・・。」
あろう事か二人は彼らの横をまるでゴキブリを見るかの様な表情で逃げ去った。
「馬鹿女!」
亜莉沙は自分の携帯を取り出し
「落ち着け。」
そう言いながらボタンを押した。
「いつもの2倍、ゆっくり話す。ゆっくり話す。」
つながった回線。
「男の人が階段から落ちました。頭から血が出ています。意識も有りません。」
あたまの中の冷静な声が
『泣くなら今じゃない、後にしろ。』
そう彼女に激を飛ばしていた。

 彼は病院に着いて間もなく意識を取り戻し、側にいた亜莉沙に思わず
「ゴメン。」
そう言っていた。彼女はほっとした顔をしたのもつかの間大きく首を振っていた。
「私こそ、ご免ね。」
何も考えずいっちぃは彼女に手を差し出していて、亜莉沙はその手をつかんだ。それからナースコールを押しながら
「こうなる予感は有ったからいつも注意してたんだけどね。ごめん、巻き添え食わせたね。」
沈んだ声で答えた。
『どうされました?』
女性の声、
「日野原一騎さん、意識戻りました。」
『はい、すぐ行きます。』
そんな彼女に今度は彼が頭を振る番だった。しかしその動作も
「痛てぇ。」
途中で途切れ。
「動かしちゃ駄目。」
彼女が掌で押さえ込む。
「詳しくは後から先生が話すと思うけど、頭打って脳震盪起こしてたみたい。」
駆けつけた看護婦が
「良かったですね。」
と言いながら彼女を締め出した。
 その夜は一晩入院する事になった。頭の怪我は5針縫ったものの表面だけの怪我ですみ、
「俺、ここだけ禿げるのかな?」
馬鹿な事を言い出すいっちぃを亜莉沙が笑った。彼の両親は共働きで、病状は落ち着いており今晩の入院は様子見だけと聞き一安心した様子で、彼らが病院に着くまで
「お願いだけど亜莉沙ちゃん、家の馬鹿息子、子守りしてやってもらってても良い?」
そんな事を言い出して
「子守りだなんてそんな・・・・。」
言葉を濁しそうになり、それでもご両親に不安を与えちゃいけない、そんな事を思いつき
「子守りは慣れてますから。」
陽気な声で切り返した。
「任せてくださいね。」
なんて。
 二人は両親が医師の話しを確認し帰ったその後も、面会時間ギリギリの8時までを一緒に過ごした。
「さっきの話しの続きだけど、本当にゴメン。」
彼女はどうしてもいっちぃに話さないと気が済まなかったのだ。
「最近、変な呼び出しとかつけられてる?みたいな事がたまに有ったから注意はしてたんだけど。まさかああ来るとは思っていなかった。」
そして例のラブレターの一件を詳しく話した。つまり騙されて呼び出されたという事を。
「ひでぇよな。」
彼は重い頭で呟いた。
「うん、ひどいよ。」
思い浮かぶのは
『亜莉沙はただの幼馴染だよ。』
と繰り返す自分の姿と、そっと眼鏡越しに涙を拭こうとする女の子の姿。
『お前、面倒臭せぇ。』
スタイルが良くって声の可愛い彼女。そんなのどこにでもいる、それ程度。3ヶ月で訪れた
『お前とはつき合ってられない。しつこいんだよ。』
一方的な別れ。そのつけをこういう形で払わされる目に会うとは思っても見なかったから。
「亜莉沙、悪いけどこの事、駿には黙っててくれない。」
当然、彼女もあの3人のうちの一人がいっちぃの元カノだって事も知ってるし、残りの一人は駿の2世代前の彼女とその友達だったから。
「うん。」
彼女はまんじりと頷いた。駿に話したら彼は自分を責めるだろうし、これ以上誰も嫌な思いをする必要はないと思ったのだ。
「ホラ、どうせ俺、自分でこけて階段落ちたし。」
彼は誤摩化す様に笑った。
「格好悪くて本当の事、誰にも話せないよな。」
それから二人で駿にする
“説明”
を考えた。
「でもホラ、嘘つくとバレるから本当の事話そうよ。」
そう言いながら、本当に大事な所は話せないから。
「上手く口裏合わせないとな。」
彼らはため息をついていた。
 その頃。駿はいつまでたっても来ない亜莉沙からの連絡を待っていた。こんな時、自分から電話なんか出来なかった。メールもそうだ。兎に角
“彼女からの”
連絡が欲しくって、握りしめる携帯が妙に熱くなっていた。
「いつまで待たせんだよったく。」
さらっと愚痴りながらそのくせ彼の心の中には得体の知れない何かが芽生えつつ有った。


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by hirose_na | 2008-12-24 22:18 | 恋愛小説