恋愛小説 クリスマスの悪夢 3 R15

3   内緒の関係

 二人の関係は本当にひっそりとしたものだった。学内では学部が違うからすれ違う事も無い。バンドの連中と一緒にいる時も二人は今までと変わらない振りをした。



それでも毎日彼女にメールを送り、その必ず返ってくる丁寧な返信を彼は心待ちにしていた。彼女へ送る
“おやすみ”
のメールの最後につける
“愛してる”
の一言も彼を幸せにしてくれた。その直後にかかってくる彼女の返信は
“声が聞きたい”
つまり、今電話しても良いって言う事で。
『今大丈夫だった?』
彼は子供の様にほころびながら他愛の無い
“今日の出来事”
を報告し、彼女の
“今日”
を聞き出した。週末、バンドの活動も無くバイトも無い日は二人で遠くの遊園地に出かけたりもした。手をつないで歩いたり、すれ違う人波から彼女を守る様に肩を抱き寄せ
「平気?」
なんて言ってみる。
「うん。」
亜莉沙が照れくさそうに笑い、彼はプラトニックも良いよな、そう思った。かといって夜になれば彼女を切々と思い出し、欲しくていたたまれなくなり、行き場の無い欲望を歌に託すと言う古典的な方法で解消を図っていた。
 一方亜莉沙はいつもバンドの差し入れにおにぎりを持参した。こういう時代だというのに結局男というものは米の飯が好きだから。具は明太子にツナマヨが定番。そのおにぎりを握る時、ふと彼の顔が目をよぎり
『美味い。』
その喜ぶ一言が聞きたかったんだなって今更の様に彼女は思った。好きになってもらえなくても良いから傍にいたい。そんな恋の苦しさを彼女は知っていた。
「私って馬鹿みたいね。」
独り言を言いながら学祭のステージに向けて連取に励む5人の姿を思い出し微笑んだ。
 その5月にある学祭はかなり大掛かりなものだった。大学の近くには音大が有りその関係者が来る事も多く、またマスコミ関係に進む卒業生も多かった事から、そこで成功すればある程度可能性が開けるというものだった。自然にみんな練習に熱が入る。スタジオは和馬のコネで借りていて、時間の延長も融通が利く事を良い事に毎晩の様に勉強もせず練習に明け暮れていた。その合間、メンバーは彼女の差し入れを食べた。もちろん他の女の子達も時々差し入れを持っては来るものの、結局おにぎりに勝るものは無く、亜莉沙の弁当だけが生き残っていた。そんなある日の事
「亜莉沙、このおにぎり梅干しじゃん!」
いっちぃが顔をしかめた。
「俺これ苦手なの知ってるだろう?」
「文句あるなら食べない。」
ぶつぶつと呟く彼を小突く亜莉沙を横目に駿はにんまりとほくそ笑んだ。その前日二人で寄ったコンビニで
「おっ、美味そうじゃん。」
彼が
“蜂蜜梅干し入り限定おにぎり”
なるものを発見しすかさず2個ほどかごに放り込んだ時の話しだ。
「梅干しが好きなの?」
彼女はそう聞いたから。
「まぁね。」
とだけ言ったものの答えは明白で。そんなささやかなやり取りがこんな所に芽をだしていると思うと
『俺って幸せ〜。』
な駿だった。その大きな固まりを目一杯頬張ると思わず
「亜梨沙、もの凄く美味いよ。」
彼女の事を自慢したい気分になってしまい、その瞬間、数人のメンバーが
『あっ。』
そう思った事に二人は気づかなかった。
 その夜、練習が終わった後駿だけは
「もうすぐ新しい曲が出来そうだから。」
と言って居残り、スタジオを後にしたメンバーに手を振った。そのはずが
「そろそろかな。」
駿は彼らが出て行ってから丁度10分が過ぎたと時計の針が告げた頃、携帯を取り出しメールを送った。
 メンバーはそれぞれ違う方向へと散って行く。験治はマウンテンバイクに、荒川さんはスクーターに乗る。和馬はこの近くの自宅へ歩いて帰り、亜梨沙といっちぃと駆(かける)は丁度駅へ着いた所だった。
「あれ、亜梨沙ちゃん。」
その事に気づいたのは駆の方が先だった。
「携帯鳴ってる。」
彼女はあわててそれを取り出し画面を確認した。
「忘れ物したみたい。」
少し考え込む様な仕草の後
「もうすぐ電車来るから、先帰っててね。」
それだけ言うと彼女はくるりと振り向いた。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら
「あ〜、亜莉沙ちゃん、彼氏できたっぽくね?」
駆がいっちぃに話しかけた。
「何だよ、いきなり。」
彼は心無しむっとした声で切り返した。
「あいつに限ってそんな色気のある話し無いだろう?」
確かに亜莉沙は
“モテ系”
では無かったから。
「いや〜、怪しい。」
顎に指を当てポーズを決めながら駆は続けた。
「さっきの亜莉沙ちゃん、携帯の画面見る時手で覆ってただろ。見てた?アレさ、彼氏持ちの女の子がメール見る時の仕草だぜ。」
もう確信している様な言い方だった。
「何だよそれ。じゃぁさ、亜莉沙と駿がつき合ってるって言いたいのかよ。」
「いや、駿とは言ってないけどさぁ。」
「だったら止めろよ、そう言う言い方。」
いっちいはイライラしながらそう言った。そんな彼を
「お前さぁ。」
呆れた声で駆がからかった。
「親離れできないガキ見てぇだぞ。第一お前の彼女じゃないんだから、神経質になるなよ、馬鹿。」

 防音の施設だというのにスタジオの建物内に亜莉沙が入った気配を駿はすぐに感じ取っていた。メールをしてからさほど時間も経っていないのに彼女が引き返してくれた事が嬉しくて、思わず顔がにやけてしまう。そこへ
「どうしたの、にやにやして。」
ドアの隙間から滑り込む様に肝心の彼女が現れて
「君の事考えてたから。」
思いっきりふ抜けた返事をしてしまい、我ながらおかしいや、なんて思ってみたりする。
「それよりさ、忘れ物だけど、こっちにあるから来てくれない?」
ギターを片手に彼は亜莉沙を呼び寄せた。
「?」
本当は心当たりの無かった亜莉沙だったから。笑い顔の収まらない彼に
「不審者みたいだよ。」
恐る恐る近づく。
「大丈夫だから。とって食おうってんじゃないし。」
言いながら彼女を腕の中に引き寄せ、そのギターで
“通せんぼ”
をしてしまった。やられるかもって思っていて、それでも実際彼の腕の中で体温を感じる位置にいるとどうしても逃げ出したい位ドキドキしてしまう亜莉沙。駿はそれを鎮める様に
「新しい曲、出来たよ。」
彼女の頭にこつんと自分の顎を当て、三つ編みの端を引っ張った。彼は解いた髪の亜莉沙が好きだった。ふわりと広がった毛先から彼女の香りが立ち昇り、ああ、彼女だって思う。そこから湧き上がる欲望は封印し、彼はギターを抱え直した。
「亜莉沙に聞いてもらうの、忘れてたからさ。」
見上げる目が嬉しそうに見開かれ
「聴きたい。」
の声に
「そう言ってくれると思った。」
ギターのメロディを被せた。この体勢で彼がギターを弾く為には
「もっと近づいて。」
密着しないといけないから、
「俺の躯に腕回しても良いんだよ。」
あっ、命令されてる?そんな事を考えながら亜莉沙がおずおずと彼の指示に従うと、駿の清潔そうな匂いにいやでも胸が満たされて。そのくらくらしてしまいそうな刺激に彼女の両腕は思わずきゅっと彼に絡み付いてしまっていた。
「君が好き。」
歌い始めた彼に
「いつも同じ事言ってる。」
亜莉沙が笑った。
「だって本当の事だし。」
繰り返されるメロディーライン。
「君が好き。」
甘い響きが二人を包む。
「君が好き。」
歌い終わった後も彼はしばらく揺れていて
「ねぇ、亜莉沙。」
「ん?」
「今度の学祭終わったら二人でどこか行こうよ。」
余韻に浸る彼女の耳元を鼻の先でちょんちょんと突ついた。それは
“御泊まり”
のお誘い。彼女に
“好き”
を告げてから6ヶ月。彼なりにここまで我慢を通して来た事だった。
「ねぇ。」
彼は恥ずかしいなぁと思いながらこくりとつばを飲み込み返事を待つ。
「うん。」
その短い答えを
「それって・・・・。」
ぬか喜びするのが怖くて怯えながらも確認し
「良いよ。」
上目使いで照れている彼女に
「やったぁ!」
心の中でガッツポーズ。それからすらりと伸びた首のラインに剥き出しのキスを落とした。
「絶対だよ。」
舞い上がっていた彼はその狭いスタジオの扉が開いた事に気がつかずにいた。



  
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  何しろ季節ものなので、シーズン過ぎる前に読んで頂かないと・・・。
  ははははは。


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by hirose_na | 2008-12-16 18:20 | 恋愛小説